第1話
――まずは、改めて家族の説明から始めよう。
我が家の苗字は九条院(くじょういん)。
この名前を名乗っているだけで、たいていの人間は一歩引く。理由は簡単だ。
中身が、だいたい人間じゃない。
父、九条院・覇煌(はこう)
最強生物。
あの人は、強いとか危険とか、そういう次元にいない。
例えるなら――
「災害が人の形をして歩いている」感じだ。
理屈じゃない。
敵意を向ける以前に、
向けようと思う意思そのものが消える。
だからこそ、父が怒っているところを見たことがない。
怒る必要がないのだ。
世界が勝手に従う。
母、九条院・叡理(えいり)
頭脳最強。
知識量じゃない。
計算速度でもない。
「理解の深さ」が、人間の限界を逸脱している。
世界を一段上から眺めて、
仕組みごと書き換えられる人。
……そのくせ、人と目を合わせるのは苦手だ。
あの人にとって、世界は理論で、
人間はノイズなのかもしれない。
長女、九条院・皇火(おうか)
遠距離武器の扱いにおいて、最強。
弓、銃、投擲。
距離があるほど、
あの人の支配力は完成する。
狙っているわけじゃない。
世界のほうが、勝手に照準に収まる。
戦場に立てば、
そこはもはや戦いの場じゃない。
女帝が統治する領域になる。
命令しているわけじゃない。
怒鳴りもしない。
ただ正しい決断を、正しい順番で下す。
結果として、
周囲は気づいたら従っている。
次男、九条院・刃征(はせい)
近接武器の扱いにおいて、最強。
剣、槍、斧、鎚、素手。
武器の種類は問題じゃない。
“手に持った瞬間、それが最適解になる”。
才能とか努力とか、そういう話じゃない。
あいつは、生まれた時点で「近接戦闘」という概念に選ばれている。
間合いに入った時点で、勝敗はもう決まっている。
距離が縮まるほど、
相手の生存確率は指数関数的に下がる。
次女、九条院・縁(えにし)。
あれは人間関係を「作る」んじゃない。
繋ぎ直す。
壊れかけた信頼も、
絡まりきった利害も、
断ち切られた因縁でさえ、
彼女の前では一本の糸に戻る。
国家も、組織も、裏社会も。
彼女にとっては、
巨大なコミュニティの一部でしかない。
誰が誰と繋がっていて、
どこに歪みがあり、
どこを引けば崩れるか。
それを、感覚で理解している。
味方に回ると心強く、
敵に回ると静かに詰む。
三男、九条院・策真(さくま)。
あいつの頭の中では、
世界が常に盤面として表示されている。
人は駒で、
感情は数値で、
未来は分岐だ。
可能性はすべて可視化され、
最善手と次善手は、
最初から色分けされている。
だから迷わない。
だから悩まない。
失敗という概念すら、
「織り込み済みの一手」に過ぎない。
……ただし、
その盤面に「会話」というコマンドは存在しない。
末っ子、九条院・天音(あまね)
あの子だけは、説明できない。
強いとか、賢いとか、そういう軸じゃない。
守られるために存在している。
家族全員が、無条件でそう思っている。
そして――
ライガー。
あれはペットというより、
「末っ子を守るための概念」に近い。
命令しなくても動くし、
警戒しなくても敵を察知する。
……正直、異世界に飛ばされても、
一番心配していないのはあいつだ。
そんな、少し――いや、だいぶ変わった八人と一匹の家族。
そして。
その中で、
一番普通なのが俺だ。
九条院・零(れい)。
取り立てて突出した才能はない。
ただ、異常の中で生き残るために、
器用に立ち回る術を身につけただけ。
――だからこそ。
目の前に転がる山賊たちを見て、
こんなことを考えてしまう。
(……ああ、やっぱりな)
異世界。
山賊。
助けられる少女。
テンプレだ。
そうやって、
現実を物語に押し込めて、
理解したつもりになる。
「……あ、あの……」
少女の声が、
その逃避を、やさしく引き裂いた。
振り返る。
震えながらも、必死に頭を下げる姿。
――ああ。
これはテンプレじゃない。
これは、現実だ。
「大丈夫? 怪我はない?」
「は、はい……本当に、ありがとうございます……」
その言葉で、
ようやく実感が追いつく。
なぜ俺が、こんな異常事態に改めて家族の回想をしているのか。
普通なら、
異世界に飛ばされ、家族と離れ離れになったら、
心配して慌てふためくのが当然だろう。
だが――
上で説明した通りだ。
うちの家族は、
それぞれが、それぞれの分野で最強だ。
だからこそ、俺はこう思ってしまう。
(……この異世界、大丈夫か?)
心配なのは家族じゃない。
世界のほうだ。
最強家族が異世界に!?家族より異世界の方が心配なんですが アキイロ @akiieodeizu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。最強家族が異世界に!?家族より異世界の方が心配なんですがの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます