最強家族が異世界に!?家族より異世界の方が心配なんですが
アキイロ
プロローグ
それは、どこにでもある家族団欒の朝食風景……の、はず。
「……なあ父さん、朝から骨付き肉を振り回すのやめてくれない?」
俺――長男がそう言うと、父は豪快に笑った。
「何を言う! 王たる者、朝こそ豪快であるべきだ!」
そう言って、父は骨付き肉を丸かじりする。
バキッ、という音がしたが、たぶん骨が折れただけだ。肉じゃない。骨のほうだ。
最強生物。
世界最強にして、王に相応しい圧倒的カリスマ。
存在しているだけで、人としての“格”が違うのがわかる。オーラが別物だ。
――どこのオーガだよ。
この人が家長である、という一点だけで、この家の異常さはほぼ説明がつく。
ちなみに、普段何をしているのかは誰も知らない。
この前、スマホをチラリと見たら、着信履歴に「総理大臣」の文字があった。
何も見てない。見てないからな、俺。
「いや、ここ王宮じゃなくて家なんだけど……」
そうツッコミを入れつつ、俺は味噌汁を啜る。
こういう役回りは、気づけば自然と俺――長男に回ってきていた。
⸻
母はというと、ちゃんと食卓には座っている。
……いるのだが。
「……」
iPadで顔を完全に隠していた。
画面には、母のVtuber姿が映っている。
「母さん、せめて顔は見せよう?」
「今日は無理。外に出る気力ゼロ」
頭脳最強。
数々の特許を取り、彼女一人の成果で時代を数年進めたと言われる天才。
だが同時に、極度の人見知りで引きこもり。
普段はVtuber活動をしている。趣味で。
なお、Vtuberとしてはあまり人気がないらしい。世の中は不条理だ。
それでもこうして朝食に“参加している”だけ、進歩だと思うことにしている。
⸻
長女は、食卓の端でダーツを投げていた。
「……よし、また真ん中」
見れば、ダーツボードの中心に五本目が突き刺さっている。
……いや、なんで?
「朝食中に危なくない?」
「問題ないわ。私が外すわけがないもの」
弓や銃の取り扱い最強。
兄弟姉妹の頂点。
大学3年生とは思えない貫禄で、まさに女帝。
「へぇ? 女帝様は相変わらずだなぁ。常識をどっかに忘れてやがる」
そう言ったのは次男だ。
食事もそこそこに、刀をいじっている。
……いや、お前も人のこと言えないだろ。
近接武器の扱い最強。
次男、高校3年生。
長女とは、近接と遠距離のどちらが上かでよく張り合っている。
「ふっ、あなたはまだまだお子ちゃまね」
「喧嘩売ってんのか?」
「喧嘩は同じレベルでしか出来ないのよ?」
火花が散りそうな二人を横目に、俺はパンをかじる。
(はいはい、今日も平常運転)
⸻
次女は、片手にトースト、もう片手に言語の教科書。
「ねえお兄ちゃん。異世界で使えそうな言語って何だと思う?」
「知らないよ。行く予定ないし」
「でも面白そうじゃない?」
「こら、フラグを立てるんじゃない」
パーフェクトコミュニケーション能力。
人脈構築最強。
本人曰く「どの国にも一人は親友がいる」らしい。
高校1年生にして、すでに恐怖の存在だ。
そのコミュ力、少しでいいから分けてほしい。
その隣では――
「……詰み」
三男が、スマホを二台持ちしながら言った。
「いや、何してんの?」
「脳トレ」
短い返事。
母譲りの知性と、それを活かした戦略眼はまさに最強。
若干十五歳でチェスのグランドチャンピオンに圧勝し、
その後も将棋を含め、数々の記録を塗り替えた天才だ。
今は母が組み込んだAIを相手に、
チェスと将棋を同時進行している。
……ただし、重度のコミュ障。
ちなみに次女とは二卵性の双子。
多分、母のお腹の中で次女にコミュ力を根こそぎ持っていかれた。
⸻
そして――
「にーちゃ、あーん!」
末っ子が、スプーンを差し出してくる。
「……あーん」
口に入れた瞬間、世界が救われた気がした。
(癒し……尊い……)
可愛さ最強。
見た目は天使、性格も天使。
たまに某“新世界の神”みたいな顔をするが、きっとモノマネだ。多分。
小学3年生。
この家で唯一、全員が無条件で甘やかす存在。
その足元では――
「……ぐぉぁ」
ライガーが大きなあくびをしていた。
ライオンと虎の遺伝子を持つ最強ペット。
それだけではない“何か”を感じるが、
末っ子の専属ボディガードとしては申し分ない。
(……本当に平和だな)
少し――いや、だいぶ変わった八人と一匹。
久しぶりに全員が揃った朝の光景に、俺は少しだけ頬を緩めた。
そう思った、その瞬間。
⸻
異変
「――ん?」
足元が、淡く光った。
「え?」
魔法陣。
でかい。
明らかに、ヤバいやつ。
「おい待て、これ――」
言い終わる前に、視界が白に染まった。
⸻
目を覚ますと、森だった。
「……森、か」
「早速フラグ回収しやがって」
木々。土の匂い。
異世界テンプレの完成形。
「家族は……いないな」
周囲を確認し、冷静に状況を把握する。
正直、驚きは少なかった。
(今までの人生で、命を狙われる経験は山ほどしてきた)
主に家族絡みで。
裏社会、表社会、映画みたいな修羅場も一通りだ。
(それに、あいつら全員ぶっ飛んでる)
心配より先に、信頼が浮かぶ。
「……末っ子だけは心配だけど」
だが、すぐに思い直す。
(ライガーがいる。なら大丈夫だ)
深呼吸。
「よし、まずは情報収集――」
そう動き出そうとした瞬間。
「きゃあっ!」
悲鳴。
(……はい来た)
森の奥。
女の子が、山賊らしき連中に囲まれている。
「テンプレすぎるだろ……」
思わず、ため息が漏れた。
だが――
(放っておくと後味悪いし、情報源にもなりそうだ)
「……とりあえず、助けるか」
ため息混じりに、俺は前に出た。
「おい」
山賊たちが振り向く。
「その子から離れろ」
長男。大学一年生。
武術最強。
家族のいざこざを止めたり、
巻き込まれたりした結果、自然と身についた力だ。
(さて――)
「異世界の初仕事は、山賊退治か」
拳を握り、踏み込んだ。
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