余白の消印(後編)
私は深呼吸して書いた。
過去を殴りに行かないために。過去に頭を下げないために。
あなたが家を出た日、私は台所にいました。
冷蔵庫の音だけが聞こえていました。
私は理由を聞きませんでした。
私はあなたに怒っていません。
ただ、呼び方を失いました。
今年の私は郵便局で働いています。
年末が嫌いでした。
でも、手紙を扱う仕事をして、少しだけ分かりました。
言葉は、遅れてもいい。
遅れた言葉が、人を助ける日もある。
私は来年、あなたに会うか会わないかを自分で決めます。
そのために一度だけ、連絡先を探します。
見つかったら、短いメッセージを送ります。
返事がなくても、私はそれで終わりにします。
私は私の年を、自分で締めます。
あなたの年も、あなたが締めてください。
書き終えたとき、泣けなかった。
代わりに、肩の奥がほどけた。
私は紙を封筒に入れ、窓口へ持っていく。
「手数料は?」
石井さんが尋ねる。
私は白紙の年賀はがきを差し出した。
来年になったら書くつもりで、毎年買って、毎年余らせてきた一枚。
“来年こそ”の形をした紙。
石井さんは受け取り、確認もせずに引き出しへしまった。
「いい。これは今日、ここに置いていくんだね」
封筒が消印機の下へ滑り込む。
カチャン。
12月32日。
押した瞬間、胸の内側で何かが「発送された」気がした。
届くかどうかは分からない。
でも、出した。それだけでよかった。
*
帰りの階段で、音が戻ってきた。
機械の唸り。遠い車。上の世界のざわめき。
地下倉庫の扉を閉めて、深夜窓口へ戻る。
スマホは00時01分を示している。
私たちが地下にいた時間だけ、世界から切り取られたみたいだった。
外では、誰かが花火を上げていた。
石井さんが、いつもの声で言う。
「通常業務に戻る。おめでとう、は言わなくていい。仕事だから」
私はうなずいた。
でも胸の奥の小さな声が、確かに言った。
今年は、締まった。
*
それから三か月。
春の入口で、私宛てに一枚のハガキが届いた。
差出人の欄は空白。住所もない。
それでも、私の名前だけは正しく書かれている。
切手の横に、丸い赤い消印があった。
12月32日
息が止まった。
あり得ないはずの日付が、紙の上に生きている。
裏面には短い文字だけ。
消印、まだ残ってた。
受け取った。
ありがとう。
連絡先は、ここに書いておく。
返事は急がなくていい。
私は、その場で崩れ落ちなかった。
泣きもしなかった。
ただ、世界が一ミリだけ傾いたように静かに揺れた。
届くかどうかは、あなたの外側の話。
石井さんの声が、頭の中で再生される。
私はハガキを胸ポケットに入れて、外へ出た。
空は薄い青で、風は冷たい。
でもその冷たさは「痛い」より「目が覚める」に近かった。
連絡するか、しないか。
会うか、会わないか。
それは私が決める。
十二月三十二日は、奇跡の日じゃない。
過去を直す日でもない。
一日多くもらって得をする日でもない。
あれは余白だった。
書けなかった言葉に、発送という形を与えるための余白。
終わらせなかった年に、折り目をつけるための余白。
胸ポケットの角が、確かにそこにある。
私は歩きながら、来年の自分にだけ約束した。
『もし』は、もう書かない。
※本作は生成AIを用いて本文を生成し、作者が編集・調整しています(AI本文利用)。
余白の消印(12月32日の物語) ヒトカケラ。 @hitokakera
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