余白の消印(12月32日の物語)

ヒトカケラ。

余白の消印(前編)

12月31日、23時57分。


中央郵便局の深夜窓口は、街のどこよりも「今年」を抱え込む場所だ。

差し出しそびれた年賀状。駆け込みの小包。返し忘れた書類。

ガラスの向こうに並ぶ背中は、みんな少しだけ前のめりで、肩に一年分の紙を背負っている。


私は窓口係の莉緒。年越しもここで迎える。


自動ドアが開き、冷気が床を滑った。

黒いコートの女性が一人、まっすぐカウンターへ来る。手袋越しでも分かるほど、封筒を強く握っていた。


「これ、十二月三十二日の消印でお願いします」


一拍遅れて意味が追いつく。


「……十二月、三十二日、ですか」


「はい」


「その日付は、存在しません」


女性はうなずいた。


「ええ。だから来ました」


封筒の宛名欄には、住所でも名前でもなく、短くこう書かれていた。


余白窓口 御中


背中で椅子がきしむ。

同僚の石井さんが立ち上がり、私の横に来た。年齢の読めない人で、いつも淡々としている。


石井さんは宛名を見て、小さく息を吐いた。


「……今年は来たのね」


女性の目が、ほんのわずかにほどける。


「受けてもらえますか」


石井さんは窓口のシャッターを半分まで下げた。

外からは「閉め作業中」に見える高さ。こちら側だけが、これから違う場所へ行く高さ。


「莉緒。地下、行ける?」


「地下って、倉庫の……」


「倉庫の奥。鍵は私が持ってる」


私が答える前に、石井さんは女性へ向き直った。


「十二月三十二日の消印は通常窓口では扱えません。余白窓口での受付になります。条件があります」


女性は迷いなくうなずいた。


「分かっています」


私たちは地下倉庫へ降りた。

年賀はがきの箱を積んだ棚の奥、壁に埋め込まれた金属扉がある。番号も注意書きもないのに、なぜか見つけられる扉だ。


扉の横に、小さく鉛筆で書いたみたいな文字があった。


余白


鍵が回る。扉が開く。

ひやりとした空気と、一段下へ続く階段が現れた。


降りるほど、上の世界の音が遠ざかっていく。

機械の唸りも、車の走る音も、人の足音も。

厚い布の向こうへ押し込められるみたいに薄くなる。


最後の段を降り切ると、もう一つ扉があった。

隙間から温かい灯りが漏れている。


扉を開けた瞬間、私は息を止めた。


木のカウンター。古い手動の秤。引き出しだらけの壁。

そして黒板に、白いチョークで書かれた日付。


12月32日


スマホを見る。23時59分。

まだ年は変わっていない。それなのに黒板だけが先に行っている。


「ここは日付が先に来るの」


石井さんは当たり前みたいに言って、奥からエプロンを放ってよこした。

胸元に小さく刺繍がある。


余白窓口


「手伝って。今日は混む」


その言葉が終わる前に、扉の鈴が鳴った。チリン、と高い音。

階段のほうから足音が増えていく。


スーツ姿の男が封筒を差し出す。

制服の高校生が小さなメモを握っている。

ベビーカーを押した母親。

杖をついた老人。

みんな、何かを抱えた顔で並んでいた。


石井さんが淡々と告げる。


「宛先は、人でも場所でも時間でもいい。ただし条件がある。

一通。短く。『もし』と『たら』は書かない。過去の書き換えは禁止。届くかどうかは保証しない」


男が息をのんでうなずく。


「手数料は現金じゃない。“ひとつ”。今年、持ち越したものをひとつ」


差し出されるのは、物の形をしているのに物じゃない気がした。

擦り切れた名刺。折れた鉛筆。片方だけの靴下。写真の端。

そして、言葉にできないまま握りしめてきた沈黙。


私は受け取り、封筒を消印機の下へ置く。


カチャン。


赤い丸い印が紙に沈む。


12月32日


存在しないはずの日付なのに、押した感触だけは確かだった。


「どうして十二月三十二日なんですか」


息継ぎの隙間で、私は石井さんに尋ねてしまった。


石井さんは引き出しを開け、赤いインク壺を指先で撫でた。

中身は、普通の赤より少しだけ暗い。


「一年ってね、きっちり終わらないのよ。毎日、ほんの少し余る。

言わなかった言葉。行かなかった場所。やらなかった約束。

一人ひとりの“やり残し”は、秒にもならないくらい小さいのに、

街じゅうの分を集めると、ちゃんと一日ぶんになる」


私は黒板の数字を見る。

余白の一日。集められた残り。


「郵便局は、余った時間を拾う場所だから」


次の客が差し出したのは、小さな紙片だった。

そこには鉛筆で二文字だけ書かれている。


ごめん


石井さんは受け取り、紙片を引き出しにしまう。


「手数料は、払った瞬間に“持ち越せなく”なる。そういうもの」


順番が落ち着いたころ、最初の女性が机に向かっていた。

白い紙の上でペンが止まっている。


「書けないんです」


マフラーの奥で、声が震えた。


「書こうとすると全部『もし』になる」


石井さんが言った。


「『もし』が出るなら、まだそこにいる。余白は、そこから出るための場所よ」


女性は笑った。笑ったのに、目が濡れている。


「書くのは過去じゃない。今日の事実と、明日の約束」


女性は深く息を吐き、もう一度ペン先を紙へ落とした。


私はそれを見ているうちに、自分の胸の奥が押される感覚を覚えた。

未発送の手紙が、内側から封を叩くみたいに。


「……私も、出していいんですか」


気づけば口にしていた。


石井さんは消印機を拭きながら、うなずいた。


「もちろん。ここにいる人は全員、出していい。ただし、手数料は必要」


今年、持ち越したもの。


すぐに浮かんだのは、父だった。

中学生のころ家を出て、それきり音沙汰がない。

怒っていたわけじゃない。ただ、呼び方を失った。


私は机に座り、白い紙を前にする。

『もし』が喉まで上がってくるのを、飲み込んだ。


宛先に、ゆっくり書く。


いまの父へ


ポケットの中で、指先が硬い紙の角に触れた。

出せないまま持ち歩いていた、白紙の年賀はがき。

宛名も書かず、切手も貼らず、ただ“来年こそ”と一緒にしまっていたもの。


これを、手数料にする。


私はそう決めて、ペン先を紙に落とした。


※本作は生成AIを用いて本文を生成し、作者が編集・調整しています(AI本文利用)。

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