陽キャのスポブラ
「えっ」
「最後に、一ついいでしょうか?」
体が止まる。踏み出した足。50mのスタートダッシュのような体制。
「えっと、急いでるんだけど……。門限あって……」
「この時間に門限ですか。部活やってる生徒はまだ帰宅してない生徒も多いですが……」
「うちの家、厳しくてさ……。だから、部活もやってないし」
「だから、漫画家を目指しているのに美術部に入っていない……」
「そう、そう。決してやましい絵を書いてるからとかじゃなくて……」
「私は何も言ってません」
「そう、そうだよね。ごめん、勝手に裸なんて書いて……。このことは他の人には……」
じわじわと追いやられる詰将棋。最後は自分で墓穴掘って敗北。
さっきからずっと生き地獄。もうずっと喉仏にナイフが当てられているのに、殺されることがない。
「はい。秘密にしましょう。一生徒の夢を応援するのも、生徒会役員の役目です」
三度目のにこやかな笑み。もうわかってきた。いろいろと。
僕が帰ろうとしてから、僕は彼女のことはまだ見ていない。怖くて、あれからずっと背を向けている。でも、見なくてもわかってきた。
まだ何かあるのだ。彼女はまだもっている。詰める手段を――。
「ははっ、ありがとう。椿原さんは優しいな」
「門限はいいのですか」
「あっそうだった。じゃ、椿原さん、また」
「1年A組、進藤あゆな」
「えっ」
スタートダッシュの体制からもう一歩。足を大きく出した。
今度こそ逃げよう。スピード勝負だと思っていた。でも、思っていたのは僕だけのだろう。走り出す体制をやめ、足を揃えることにした。
「知りませんか」
「進藤さんのこと?」
「私の同じクラスで、友人です」
「まぁ名前はなんとなく」
「あなたはどうやって、彼女がスポーツ用のブラジャーを着用していると知ったのですか?」
「それは……だから……妄想で……」
「あの彼女が着用しているのがスポーツ用のブラジャーだと妄想した根拠を聞いています」
「……」
喉仏に突きつけられたナイフが、肌を超えた感覚がした。
進藤あゆなはスポブラをつけている。機能性が良さそうな、デザインを完全に無視した下着。それも毎日。色も全部一緒で。やってることはスティーブ・ジョブズと同じ。
「答えられませんか?」
『はい』と――そう言って、全てを認めたい気分だった。
でも、気分だけで、言葉が出ない。ここまではずっと、適当に返事をしてきた。その場のしのぎの屁理屈と嘘の塊で。
しかし、もうこれは無理だ……。
「それもそのはずですよね。あんなに明るく、カースト上位で、運動部にも所属してない彼女がスポブラだなんて、普通は考えないのではないでしょうか」
「そ、それは……ギャップだよ。ギャップ。ああいう進藤さんだからこそ、スポブラだったりすると萌えるなーって」
「では、この腹筋も?」
知っている。わかっている。このノートを書いた自分が一番、この追求をかわせないことをわかっている。
このノートを書いていて、一番、意外だったのが彼女――進藤あゆなだ。
いちばん、イメージが違った。
彼女は胸がでかくて、背も高い。歩くだけで男を誘発するエロスが出てる。周りの男子から注目を浴び、周りの女子からは敵対心を浴びる。
しかも、それだけでなく、めちゃくちゃオシャレで派手。喋り方も完全にギャル。他校に彼氏がいるという噂もあったし、パパ活をしているという噂もあった。体育はギャル仲間とサボるのがお決まりな不真面目生徒。
なのに、彼女はスポブラ。彼女の豊満な胸がギリギリ押さえつけられているレベル。なんなら、毛の処理も怪しい。下は手つかず。他の箇所も怪しいときあり。
あの――進藤あゆなに限って、そんなことがあるだろうか。あっていいのだろうか。
見た目と雰囲気と世論、それらと進藤あゆなの現実はどう見ても違う。そして、今の僕が知っているのは現実のほうだ。
「なぜ知っているんですか? 彼女の腹筋が割れていると」
「女友達から聞いた……」
「具体的に誰ですか?」
「それは覚えてないけど……」
僕にそんな女友達がいるわけがない。今こうして椿原さんと話しているのが、高校に入ってから女子と喋る最長記録。そんな女友達じゃなくても、女友達がそもそもいない。
「単刀直入に聞きましょうか。私はあなたが嘘をついていることに気づいています。どんなにあなたが誤魔化そうと、この事実は変わりません」
淡々とした。冷静な。でも、どこかクドくて、彼女は追求の手を緩めない。
「あなたは何者ですか――?」
僕はその彼女の問いに、この高校に入学したことを激しく後悔した。
彼女がいる高校にわざわざ来るべきではなかった。
自分の好奇心に。社会的建前を得られた彼女はどこまでも止まらない。
それが椿原 琴美――という厄災を背負った少女の姿なのだろう。
秘密裏につけた同級生の裸体ランク表。それが彼女の手に渡ってしまったら…… あーる @a-ru_a-ru
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