下着が仇となる
「確かに……」
とっさに出た言い訳。それに椿原は、首を捻りながら、言葉を続けた。
納得したのか!?――、一瞬だけ、そう思った。
「あなたの絵はとてもお上手ですね。漫画家を目指しているといっても、驚きありません」
にこやかな笑みを浮かべ、椿原は顔を横に振る。
僕の漫画家を目指しているという言い訳に理解を示したような感じ。そんな色が彼女から見えた。でも――。
「なんといっても、特徴を捉えるのがうまい――」
すぐに、彼女から見える色は変わった。
「と、言いますと?」
「特徴をとらえすぎきますよね。まるで、実際に私の裸を見たことがあるかのような」
当たっている。見たことがある。何度も。なんなら今もちょろちょろとおっぱいを見ている。少し我慢ができなさそうなぐらい――彼女の体は「綺麗」なんだ。
細身な体。
筋肉がない。
全体的に色白。
まだ発達途中。
でも、足だけは老化済み。
上半身に限っていえば誰の体よりも、彼女の体が綺麗。
エロいとかそういうことだけじゃない。
「綺麗」――、その言葉が彼女の体には一番、似合う。
「へぇー……そうなんだ。椿原さんってこういう体してるんだぁ……。妄想で描いただけなのに当たってるなんてなぁ……」
とぼけながら、彼女のおっぱいを見ながら、僕のズボンのチャックがキツくなっていた。
「では、こちらのページはどう説明しますか。どうしてあなたは私の下着までも知っているのでしょうか。まさか、胸のサイズと同様、偶然だとおっしゃるのでしょうか」
彼女は、普段から下着から何からまで高級品を身に纏っている。
値段を調べたら、一般的な庶民的なものと単位が二つ違うものだった。
勘で当てられるものではない。こんな高級ブランド誰も知らない。そして、それを高校生がつけているとは思わない。間違いなく、直接、見ないと当てられない情報だろう。
「そうだね、偶然だよ。お嬢様だとこういう高級なのをつけてるのかなーってお嬢様っぽいものをネットで調べてチョイスしただけ」
「他の女子生徒もですか?」
「ま……まぁね……」
「ここには学年全員の女子生徒、六十名分が乗っているように思えますが」
「そりゃあね。全員、妄想だよ」
あきらかに彼女はすでに何か気づいている。僕の何かに。
彼女との勝負はすでに決まっているのだ。なのに、意味があるかわからない駆け引きが続く。
この裸体が描かれたノートにだけ焦点が行くならよかった。それだけならよかった。でも、彼女は違う。さらにその先の、別のことをずっと考えている。それが彼女の色となって僕には見えている。
「私も他クラスの生徒の下着までは把握してませんが、私のクラスの生徒の下着はおおむね知っています。着替えのときになんとなく見ますから。そして、それが全て私の記憶と一致しているように思えます。これも、偶然ですか」
「うん……この辺でみんなが買う下着屋さんなんて決まってるし、スポーツしてる女子とか性格とか考えると……」
「なるほど。きっと、あなたはとても観察眼が鋭く、賢い方なのですね」
「ははっ、そうかなー……?」
進まない駆け引きの途中、椿原がなんとなく発したであろう「観察眼」という言葉に冷や汗が出た。意味はないのだろう、そう思う。
でも、彼女の言葉は正しい。そのままの意味でしかない。
僕は「眼」がいい。それに彼女も気づいているのか、とっさにそう思ってしまった。
「はい。同級生の女子生徒の情報を集め、すべての生徒の裸体から下着などのプライベートな部分を当ててしまうのですから」
「いやー、たまたまって怖いねー……」
「そうですね。私にでも勝てないものがあるとすれば、運命だけでしょう。これにはどう努力しても勝ることはできません」
彼女の色がまた変わる。
僕にとって「目」がキーワードなのと同じように、彼女にとっては「運命」がキーワードなのだろうか。その言葉を彼女が発した瞬間に、彼女の周りの色と、足の色が変わった。
「椿原さんにも勝てないものがあるんだねー、じゃあ、悪いけど……」
今がチャンスか、僕はそう思った。
逃げるしかない。今はそう。そのあとは、そのあとで考えればいい。
いっそ、この学校を退学して、どこかへ――。
彼女の色を見るのが怖くなり、視線を外しながら、僕は言った。
「もう日も落ちてきたし、これは返してもらうから……」
「はい、どうぞ」
彼女は急に単純で、簡単で、ゆっくりと開いていたノートを閉じ、僕へと渡してくれた。
「じゃ、椿原さんは迎えが来るんだよね。俺はこの辺で……」
椿原は送迎付き。お嬢様だし、足が悪いからしょうがない。
「はい、また明日」
ノートを手に、体を捻る。対峙していた彼女とは逆方向。彼女へと背中を向け、彼女からの別れの言葉に、顔だけを彼女の方にやった。
彼女は二度目ましてのにこやかな笑み。杖を両手でつきながら、廊下の真ん中。落ちきっている夕焼けに照らされている。彼女の体へとできる影が、この場の支配者であることを案じているかのように。
「うん、さようなら……。バイバイ……」
彼女の挨拶に返す、僕の声は震えていた。
陰キャだからじゃない。女子と喋って緊張しているからじゃない。
すぐにこの場から離れたい、その感情しかない。でも、まだ――。
「あっ! そういえば……!」
彼女から聞いたことがないような高い声。ちょっと幼いような、わざとらしい子どもっぽい声。それが響き渡わたる。
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