第6話 夜の学生三人、石の古代戦艦

 覚悟が揺らぐほどじゃないが、深刻な無理難題に俺は憂鬱なため息を吐くしかなかった。


 ――正体不明の危機から親友二人を守り、古代の毒竜から世界も守る――


 俺の自慢の弟ならば鼻歌交じりに成し遂げただろうが、凡人の俺にはさすがに荷が重い。


「どうしたトーリ? お前がため息なんて」

「いや。……アシュレイ様って、絶対僕のこと好きだよなって思ってさ」

「……はあ?」

「告白されたらどうしたもんかね。受けてもいいけど、僕ってさ、誰か一人に尽くすってタイプじゃないだろ? だから幸せになれないかもしれない」

「馬鹿なことを。ほら、これ焼けてるぞ。とっとと食ってしまえ」


 焚き火が弾けた音。

 炎の切れ端が立ちのぼって消えた先には満天の星空。

 そして、揺れる火のそばにあぐらで座る男が二人。


 乾いた砂の上で燃える焚き火の周りには牛肉の串焼きが円を成しており、その内の一本をグレイが俺に差し出した。

 俺は肉汁滴るそれを受け取って食らい付くと、「いつか告白されると思うがなぁ」硬めの肉を噛みながら自信過剰なトーリ・オズロを演技する。


「向こうは戦士職の最強。こっちは魔術師職の最強。最強同士で収まりはいいだろう?」


 圧倒的な実力に裏打ちされた『強者の自信』というものが宿る無邪気な笑み。


 対するグレイが俺に見せるのは、家族に対して浮かべるような親しみに溢れた呆れ顔だった。


「ここ何日か何か考えてると思ったら、そんなことを妄想していたのか」


 そう言うなり牛肉を噛み外した木串で焚き火をつつき、燃え盛る薪を動かして火の形を直す。木串を炎の中に投げて軽くため息を吐いた。


「お前、自分がアシュレイ様に何をやってきたか言ってみろ」

「春の祝祭で行われた奉納試合で、あの人の攻撃に全部対応してやった。ああ、それと――戦闘訓練の授業に何度かアシュレイ様が招聘された時も、だいぶいいようにしてやったね」


 記憶にもないことを自信満々に語る俺。


 弟トーリとアシュレイ様の関係すべては知らないが、探索行出発までの合間に学校の女子たちからそれとなく聞き出しているのだ。『行ってきたよ、アシュレイ様んとこ』と切り出せば、全員なんの疑いもなくあれこれ話を広げて情報を提供してくれた。


「アシュレイ様はこの国の最高戦力だ。アシュレイ様ご自身も、その自負を持っておられる。どれだけ最強無敵でも、最高に軽薄お馬鹿のお前とは絶対に合わないよ」


 グレイの的確すぎる弟への評価。俺は兄の立場で吹き出しそうになって口をつぐむが。


「……………………」


「……………………」


 それが変な沈黙を生んだ。今さらさっきの軽口に戻ることもできず、俺は、話題を変えて夜と焚き火に似合う静かな声を出すのだった。


「…………そういえば悪かったな……親御さんの前で、気まずい思いさせちゃって」


 探索行の式典のあと、何かとバタバタするグレイに伝える機会のなかった謝罪。


 グレイは一瞬キョトンとしたようだが、明るく苦笑してくれた。


「ほんとにな。これで親子仲が悪くなったら、お前をぶん殴ってやるから」


 一昨日、アシュレイ様の命令で式典を仕切ったイスリア王国騎士団団長ゼオル・シズマベルグこそが、グレイの実の父親だ。見た目四十代半ばの真面目そうな騎士様。


「ごめんって。ご子息が僕みたいなのとツルんでるのを見返せるぐらいには、働くからさ」

「はははっ、殊勝じゃないか。じゃあ殊勝ついでに神罰のことも教えてくれ」

「嫌だ」

「かたくなだな」

「式典のあとにも言ったろ? 人様に喧伝するような話じゃないんだ。どこまでも僕と神だけの問題……つーか、巻き込まれて死にたくなければ下手に関わらない方がいい」


しかし。

「ふざけるな。お前が死ぬかもっていうならオレは全部関わるからな」

 いきなり笑いを消して真顔になったグレイの言葉。


 突然の真剣さに気圧された俺は、適切な返答を三秒探すが、結局「熱いね」とごまかすしかなかった。


「トーリ。お前、何回オレとメリッサの命を救った?」

「さあな。覚えてない」

「オレだって覚えてない。覚えてられないぐらいお前に救われてる。学校を抜け出して行った冒険じゃあトーリの後ろを歩くしかなかったし、学校の授業でさえ危ない時はあった。大体、出会いからしてそうだったじゃないか。去年の四月、入学式の朝――」

「メリッサが三年の不良どもにナンパされて、それを止めたグレイが多勢に無勢でボコボコにされてた奴な」

「あの時、三年生十五人を病院送りにしたトーリは、オレにとっての大英雄だったよ。メリッサにしてもそうさ。あの日以来、オレもメリッサも、お前に惚れ込んでる」

「そこから僕に並ぼうとして、きっちり学校トップの凄腕になった二人も大概だがな」

「親友であり、魔術の師匠であり……トーリが思ってるよりずっと、オレとメリッサにとってお前は大きいんだ。どんなに迷惑かけられてもな」

「ごめんって」

「……神罰のことはもう聞かない。でもな、死ぬなよトーリ」

「はっ! 死ぬかよ、この僕が」


 真面目なグレイにそう軽く返すものの、俺の内心は謝罪まみれで、胃に穴が開きそうだった。


 とても夕食という気分じゃないが、食欲がないことを悟られればグレイを心配させるだろう。だから俺は無理矢理にでも牛肉の串焼きに齧り付く。

 トーリを殺してごめん――と、本当のことを言えなくてごめん――と、味のしなくなった牛肉を噛み砕いた。


 不意に「ただいまぁ」と甘い声があり。


「おかえり。敵情視察は首尾よく行ったかよ?」


 見れば、太もも丸見えの制服の上に薄手の羊毛コートを羽織ったメリッサが、焚き火のそばに腰を下ろすところだ。俺の言葉に明るく笑った。


「ちょっと散歩してきただけだって。あ、これ焼けてる? あたしにもちょーだい」


 メリッサは紙袋に入った長く太いパン三本を抱えており、「それ、どうしたんだ?」と聞いた俺に「もらっちゃった」とニコニコ返してくる。


「さすがメリッサ。敵情視察の上に、物資までふんだくってくるとはよ」

「人聞き悪いなぁ。いい匂いさせてたから、『買ったパンを落としちゃって』って話したらね、タダでくれたの。食料のほとんどを空で落としたのは事実だし、向こうは焼き窯まで組んで大量生産してんのよ?」


 それで俺は、人慣れした中型飛竜に乗って王都アガイアからここまで来た最悪の六時間を思い出す。

 白雲と同じ高度で巻き起こったひどいドタバタ劇に苦笑するしかなかった。


「国が手配してくれた飛竜便が荷物振り落として飛ぶようなじゃじゃ馬だったのは、予想外だったよ」

「無事だったお肉だけだとお腹空いちゃうからね」


 紙袋からパンを一つ取り出して手渡してくれるメリッサ。


 俺はそれに齧り付いて、「よっこらしょ」と重たく立ち上がった。メリッサと目を合わせてからウィンクを一つ送る。


「メリッサが食事大臣だな。明日明後日の食料調達も一任しよう」


 金髪の超絶美少女は俺の愛嬌に一切動じることなく「色仕掛けが通じればね」と軽く笑った。


「通じるさ。僕の兄貴の命を懸けたっていい」

「お兄さん? そういえば色々あって聞けてなかったけど、故郷のお兄さんは元気にしてた?オーリさん、だっけ?」

「……まあ、それなりにはな」

「いつかあたしらにも会わせてよね。猟師なのにあたしとグレイ以上の魔術師。トーリが唯一認めてる天才。トーリと同じ顔して真面目な人ってだけで面白いから」

「はは――いつか。いつか、な」


 ……トーリの奴め。俺のことをそんな風に話してたのか……。


 少しばかりの気まずさと気恥ずかしさを感じつつ、大きなパン片手に歩き始めた俺。


「…………………………馬鹿トーリめ……」


 分厚く堆積した砂に靴底を埋めながら、俺たち三人がキャンプ地に選んだ大岩の陰から出ると――――明るい月明かりに照らされたすり鉢状の荒野を眺めた。


 千人規模の街がすっぽり入るような広大な真円形の土地。

 草木は一つとして見当たらず、天から落ちてきて荒野に突き刺さったような大岩がいくつも点在していた。


 どこから歩き始めても真円の中心に向かうなだらかな下り坂。

 そして、下り坂の終着点で待つのは、月光を浴びつつ砂に浮かぶ『石の古代戦艦』だ。


 それっぽい形の大岩を船と比喩した訳ではない。荒野の中心に鎮座するのは、長く伸びた舳先を持ち、甲板に三角屋根の宮殿を載せた石の巨船だった。

 本来ならば船の側面にあるはずのオールの列が再現されていないぐらいで、それは確かに、千を超える戦士たちを戦地に運んだであろう古代戦艦と同様の形と大きさをしていた。


 間違いなく異様な光景。筆舌に尽くしがたい謎の建造物。


「王国騎士団と王国魔術師団はどうだったんだ?」

「ん。発掘の主導権は騎士団の方が握ってるみたいね。船の周りにキャンプを組んでるのは騎士団ばっかり。魔術師団は、ちょっと離れて食事係兼発掘品調査ってとこじゃないかな」


 俺の背後ではグレイとメリッサの会話があり、メリッサの言うとおり『石の古代戦艦』の周囲は俺たち以外のテントの群れでずいぶん賑やかだ。

 宿営地自体が焚き火とランタンの光でキラキラまたたき、耳を澄ませば人々の営みの音が聞こえてくる。


「数は?」

「ざっくり騎士団二百人、魔術師団が三十ってとこ」


 聖域――俺は寡聞にして知らなかったが、石の船とそれを囲む不毛の窪地をまとめて聖域と呼ぶことをグレイとメリッサが教えてくれた。ローレムという名の古き大王の墳墓だという。


「オレたち以外の探索行の選抜者は、騎士団と魔術師団から一名ずつだったな」

「だね。二人とも若手の有望株なんでしょ?」

「オーランド・ガルゴイフとキヨーカ・ミライフ」

「キヨーカさんの方はうちの卒業生だし、先生たちも知ってたね。紅蓮のキヨーカ。すっごい優秀だったって」

「それが今は騎士団の飯炊き係のトップか……例え魔術師としては優秀でも、随伴の数で六倍の差が付いたらな……」

「組織力の差って話? なら、どうやったってあたしらが最弱じゃんか」

「人海戦術は騎士団が得意とするところだ。より多くの人員を動かせる騎士団がいいところを持っていくのは想定どおりだし、探索行は騎士にとって是が非でも獲りたい試練だからな」

「じゃあ、ただでさえ何週間も出遅れてるし、あたしらも発掘に参加させてってのは……」

「まあ、無理な話だろうな」

「えぇ~。世知辛ぁい」


 探索行はこの地から『雄牛の短剣』なるものを持ち帰ることを求めていた。誰が持ち帰っても全員の手柄になるらしいが、選抜者の誰一人としてそんな腑抜けたことは考えていない。


 俺たち学生、騎士団、魔術師団の三つ巴だ。宝を持ち帰ったグループこそがアシュレイ様に第一にお褒めいただける栄誉を得るのだ。


「つっても、単に発掘して『はい。おしまい』ってならねえのが、この手のお約束ってもんだろ。僕たちは、十の国を統べた征服王の墓からお宝を奪おうってんだぞ?」


 パンを噛みながら戻ってきた俺の言葉にグレイとメリッサが表情を明るくした。


「一度も盗掘を受けたことがないんだろう? ここら一帯で行方不明者が続出するから、聖域なんて呼ばれて長年忌避されてきたんだろう? なら、絶対に何かある。絶対ドンパチになる」


 焚き火のそばにどかっと座り込むと、身を乗り出してグレイが話しかけてくる。


「トーリは、墓に防衛機能が備わっていると?」

「あるな。間違いなくある」


 すると今度はメリッサだ。


「教えてよ天才魔術師さん、そう確信できる理由は?」

「形だ」

「はえ? お墓の形? 征服王って海にも出てたから、それで船なんじゃないの?」

「棺の方じゃねえ。もっかい聖域全部を見てこいよ。クソみたいな性格の悪さが出てるから」


 それでグレイとメリッサが首を傾げながら立ち上がる。

 しかし三分後には、俺が牛肉の串焼きを囓っているところに、興奮と共に帰ってきた。


「わかったわかった! わかっちゃったよトーリ!」

「類は友を呼ぶ、というか――これってトーリだから気付けた大発見じゃないのか」

「はっはっ! 誰が悪の魔術師だ。だが、ゼウス神由来の宝を手に入れた王様だしな。僕ぐらい魔術の神髄に届いた天才も配下にいたかもなぁ」

「騎士団の人とか気付いてると思う?」

「どうだろうな。まあ、あのテントの配置じゃあ、あんまり考えてないんじゃないかね」

「そっかぁ……あ、あのさ、トーリ」

「なんだ?」

「そうだとしたら、早く教えてあげた方がよくない? あたし、あんまり人が死ぬのは――」

「メリッサがそう思うんなら好きにしたらいいさ。たかが学生の戯れ言を信じるかどうかは、向こうさんの度量に寄るだろうがよ」


 俺の笑みにグレイも異論はなさそうだった。

 直後に「よかった。それじゃあ選抜の二人に話してくる」と立ち上がったメリッサには少し慌てたようだが。


「ちょ、ちょっと待てメリッサ。今からか? 今からオーランドのテントに行くのか? それならオレとトーリも一緒に――三人で行こう」

「何言ってんだグレイ。メリッサだってもうガキじゃねえんだし」

「トーリ……!!」

「わかったわかった。持ってくものがあるから十秒待て」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神に愛された大魔術師――の双子の兄、才能は出涸らしで、『人狼化』の呪い持ち 楽山 @rakuzan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画