第21話

 朝、教室に入った瞬間、空気が張りつめているのがわかった。

 誰かが泣いたあとみたいな、居心地の悪さ。


 由美が、目を赤くしていた。


「昨日のこと、聞いた?」

 そう言われて、私は首を振る。


 由美は少し言葉を選ぶみたいに間を置いてから、話し始めた。


「テスト前だったじゃん。集中したくて。なのに黒板に、バカみたいなこと書かれてて……」

 声が震えていた。

「しかも、私の彼氏の顔まで描かれてて。笑われてるみたいで、すごく怖かった」


 私は、何も言えなかった。


 彼女は、自分がどんなふうに傷ついたかだけを話した。

 由美にとって都合が悪い事をしていた、うるさくしていたことも、最初に何があったかも、語られなかった。


「なんで、あんなことするのかな……」


 その名前が、頭に浮かんだ。


 あの人。


 怖い人じゃない。

 話すと、意外とおもしろい。

 でも、時々、感情が見えない。


 私は、勝手に結論を出してしまった。


 ――やりすぎたんじゃない?


 その日のうちに、私は彼に聞いた。


「なんで、あんなことしたの?」


 責めるつもりじゃなかった。

 ただ、理解したかった。


 でも、その問いは、思った以上に冷たく響いたみたいだった。

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