第10話

「最近、あの人とよく話してるね」


何気ない一言だった。

教室の隅、帰り支度をしながら、

友達は軽い調子でそう言った。


「下ネタでめっちゃ笑ってるじゃん。

……ちょっとおかしいよ」


笑いながら言われたはずなのに、

胸の奥に、ひっかかるものが残った。


おかしい、の意味がわからなかった。

楽しいだけなのに。

ただ話して、笑っているだけなのに。


でも、思い返す。

確かに私は、あの人と話すときだけ、

声の出し方が違った。

笑うタイミングも、

笑い方も。


怖い人だと思っていた。

最初は。

自分が理解している「怖さ」だったから、

近づかないでいればいいと、

そう思っていた。


でも今は、

その怖さを思い出そうとしても、

笑っている顔ばかりが浮かぶ。


友達の言葉が、

冗談みたいに、

でも確実に境界線を引いていく。


私はまだ、

何も言っていない。

何も決めていない。


それなのに、

世界のほうが先に、

名前をつけようとしてくる。


「おかしいよ」


その一言が、

なぜかずっと、

頭から離れなかった。

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