第8話

 更衣室で着替えているときだった。

 後ろから、同じクラスの子に声をかけられた。


「ねえ瑠璃、最近さ、あの人とよく話してるよね」


 心臓が、ほんの一拍だけ早く鳴った気がした。


「え、そうかな」


 できるだけ、何でもないふうに返す。

 その子は鏡越しに私を見て、少し笑った。


「下ネタでさ、めっちゃ笑ってるじゃん。瑠璃があんなに笑ってるの、正直ちょっとおかしいよ」


 おかしい。

 その言葉が、妙に耳に残った。


「別に……面白いだけだよ」


 そう言いながら、私は自分の声が少しだけ軽いことに気づいていた。

 面白いだけ、のはずなのに。


「あの人、怖いってみんな言ってたじゃん。瑠璃、平気なんだね」


 平気かどうかなんて、考えたこともなかった。

 ただ、怖さより先に、笑ってしまっただけなのに。


「……慣れたんじゃない?」


 そう言って、その場をやり過ごした。


 でもそのあと、廊下で彼を見かけたとき、

 いつもより少しだけ、視線を外すのが遅れた。


 おかしいのは、たぶん——

 笑ってしまう理由を、もう“面白い”だけでは片づけられなくなっている、自分のほうだった。

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