第5話

誰とも接しないまま、

時間だけが過ぎていった。


それで困ることは、

特になかった。


昼休みは、

一人で過ごした。

スマホのゲームをして、

音のない世界に潜る。


誰にも見られなければ、

怖がられることもない。


それでいいと思っていた。


——あの日までは。


文化祭の打ち上げに、

僕は遅刻した。


場所を間違えた。

それだけの話だった。


店に入った瞬間、

視線が集まったのが分かった。


全員、制服だった。

僕だけが私服だった。


逃げようかと思った。

一瞬だけ。


でも、

なぜかそのまま、

床に膝をついた。


土下座だった。


謝るしかないと思った。

遅れた理由も、

場所を間違えたことも、

全部、正直に話した。


説明しながら、

自分でも分かるくらい、

話がどうでもよくなっていった。


そのとき、

誰かが笑った。


つられて、

周りも笑った。


あとで聞いた話だと、

そのとき、

僕は笑っていたらしい。


自分では、

そんなつもりはなかった。


ただ、

怖がられていない、

それだけで、

頭が真っ白になっていた。


その日、

僕は初めて、

クラスの中に座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る