第2話
入学した日のことを、僕はよく覚えていない。
桜が咲いていたとか、誰と隣の席だったとか、そういうのは全部、あとから作られた記憶だ。
覚えているのは、
教室に入った瞬間、
何人かが一瞬だけ、
こちらを見て、目を逸らしたこと。
理由は分かっていた。
体が大きい。
声も低い。
黙っていると、
それだけで怖がられる。
自分がどう見えるかを、
僕は最初から理解していた。
だから、
誰とも接しなかった。
話しかけなかったし、
混ざろうともしなかった。
傷つくくらいなら、
最初から距離を取った。
それは逃げじゃない。
少なくとも、
僕はそう思っていた。
唯一、
覚えているのは、
彼女が笑っていたことだけだった。
特別な笑顔じゃない。
誰にでも向ける、軽い笑い方。
でもそのときの僕には、それで十分だった。
僕は昔から、感情をそのまま出すのが苦手だった。
好きだとか、嫌いだとか、そういう言葉を口にすると、
何か大事なものが壊れてしまう気がして。
だから僕は、いつも何かを纏っていた。
優しさとか、余裕とか、
「大丈夫だよ」っていう顔。
彼女——瑠璃は、よく相談をしてきた。
友達のこと。
居場所のこと。
うまく笑えなくなった日のこと。
「ねえ、聞いてよ」
そう言われるたびに、
僕はちゃんと聞いた。
否定しないように、急がせないように、
選択肢だけを並べるように。
それが正しいと思っていたし、
それで彼女が少し楽になるなら、それでよかった。
僕たちは、友達だった。
少なくとも、僕はそう思っていた。
だから、
あの日までは。
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