第4話 別れ
バーを出た。
エレベーターで1階に降りる。
外に出ると、香港の夜気が肌にまとわりついた。
湿度が高い。
タクシーを拾う。
ホテルの名前を告げる。
運転手が広東語で何か言った。
健一は頷いた。
窓の外を、ネオンが流れていく。
---
ホテルに戻ったのは、午後11時過ぎだった。
シャワーを浴びる。
ベッドに横になる。
天井を見る。
眠れなかった。
真希の顔が浮かぶ。
泣いていた顔。
笑っていた顔。
「28年は、長すぎた」
その言葉が、頭の中で繰り返される。
---
午前2時。
まだ眠れない。
スマートフォンを手に取る。
WeChatを開く。
真希とのやり取りが残っている。
最後のメッセージは、今朝。
「中環の〇〇ってバー、8時で」
健一は、入力欄をタップした。
何かを打とうとした。
やめた。
何を言えばいい。
「ありがとう」か。
「さよなら」か。
どちらも違う気がした。
スマートフォンを枕元に置いた。
---
眠ったのは、午前4時過ぎだった。
目を覚ましたのは、午前9時。
5時間も眠れなかった。
でも、頭は不思議と澄んでいた。
チェックアウトは11時。
荷物をまとめる。
スーツケースに、服を詰める。
パスポート。
財布。
スマートフォン。
忘れ物がないか確認する。
窓の外を見る。
香港の朝。
ビルの隙間から、空が見える。
青かった。
---
フロントでチェックアウトを済ませる。
タクシーで空港へ。
香港国際空港。
巨大なターミナル。
搭乗手続きを済ませる。
保安検査を抜ける。
ゲート前のベンチに座る。
出発まで、まだ2時間あった。
---
スマートフォンを取り出す。
WeChatを開く。
真希のアイコンを見る。
メッセージを打とうとする。
また、やめる。
何を言えばいい。
「元気で」か。
「また会おう」か。
どちらも、嘘になる気がした。
---
1時間が過ぎた。
搭乗開始のアナウンスが流れる。
健一は立ち上がった。
列に並ぶ。
パスポートを見せる。
搭乗口を通る。
機内に入る。
窓側の席。
座る。
シートベルトを締める。
窓の外を見る。
滑走路。
その向こうに、香港の街が見える。
---
飛行機が動き出した。
滑走路を進む。
加速する。
浮き上がる。
窓の外で、香港が小さくなっていく。
ビル。
海。
島。
28年前、パリから東京に帰るとき。
同じように、窓の外を見ていた。
あのときは、何も解決していなかった。
真希を置いてきた。
理由も言わずに。
自分が何から逃げているのかも分からずに。
---
今は、違う。
答えは出た。
「お前は、選ばれなかったんじゃない。俺が、選べなかったんだ」
あの言葉を、やっと言えた。
28年かかった。
遅すぎた。
でも、言えた。
---
真希は、やり直せないと言った。
正しいと思う。
28年は、取り戻せない。
パリにいた2人は、もういない。
でも。
真希は言った。
「やっと、そう思える」
あの言葉が、耳に残っている。
真希は、自分を責めるのをやめられる。
それだけで、来た意味はあった。
---
健一は目を閉じた。
胸の奥に、石がある。
28年間、そこにあった石。
消えてはいない。
でも、少しだけ軽くなった気がした。
少しだけ。
それで、十分だった。
---
窓の外で、雲が流れていく。
香港は、もう見えない。
健一は、目を開けた。
前を向いた。
---
**(了)**
【恋愛×現代ドラマ】28年目の答え合わせ──香港で再会した彼女は、僕のせいで28年間自分を責めていた マスターボヌール @bonuruoboro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます