第5話 面接官の目


協会本部・第三会議棟の脇。

採用課の面接室は、窓が小さい。

外の天気が分からない。


分かるのは、時間だけだ。

砂時計みたいに、候補者が減っていく。


面接官は二人。


片方が名札を伏せたまま、椅子に座っている。

後方管理局・採用課――葛城かつらぎ

年齢は三十代の前半だが、目はもっと古い。


もう片方は、書類の束を抱えている。

眠いというより、起きている意味が薄い顔をしている。


今日の面接は、午前だけで二十七件。

午後も同じだけある。

その後に会議がある。

その後に報告書がある。

その後に、また“緊急”が入る。


世界が救われる日ほど、仕事が増える。


---


扉が開く。

入ってきた志望者は若い。

髪も鎧も新しい。

声が、やたら大きい。


「勇者になります!」


葛城は頷く。

頷くだけだ。


「志望動機」


志望者は、用意してきた言葉を吐き出す。

世界を救いたい。

人々を守りたい。

憧れのあの人みたいに。

選定八傑のように。

世界ランキングに出たい。

拍手されたい。


葛城は、目を動かさない。

炭筆も動かさない。


「得意分野」

「剣です!」

「測定値」

「これです!」


紙が差し出される。

数字は悪くない。

でも、数字が良いだけの顔だ。


葛城は言う。


「次」


志望者が固まる。

まだ何も言い切ってない顔をする。

葛城は視線を逸らさない。

逸らすほどの余裕がない。


志望者は、頭を下げて出ていく。

廊下で息を吐く音がした。


葛城は、隣の面接官に言う。


「次」


---


次は遅刻だった。

次は泣きそうだった。

次は怒っていた。

次は、妙に礼儀正しかった。


共通しているのは、“真剣”だということだ。

人生を賭けている目だ。


だからこそ、残酷になる。


面接官が真剣に見てやれない。

真剣に見た瞬間、壊れる。

この数を、今日でさばけなくなる。


葛城の目が死んでいるのは、性格のせいじゃない。

仕事の形だ。

そういう目で回す仕組みだ。


---


一人だけ、違う志望者が来た。


鎧が新しくない。

手が硬い。

喉が乾いているのに、水を要求しない。

目線が、こちらの顔ではなく、机の配置を見ている。


「……前線経験は?」


葛城が聞くと、志望者は短く答えた。


「あります」


語り方が、現場の人間のそれだった。

誇らない。

盛らない。

でも、削れた言葉の裏に、実際の重さがある。


葛城は一瞬だけ、心が動いた。

動いたから、すぐ戻す。


「年齢」


志望者が詰まる。

一拍遅れて、答える。


「……規定は、理解しています」


理解してるのに来た。

来た時点で、もう詰んでいる。


葛城は、淡々と言った。


「次」


志望者の顔が崩れる。

怒らない。

泣かない。

ただ、呼吸だけが乱れる。


「……お願いします」


絞り出す。

葛城は頷いた。

頷いて、終わらせた。


「次」


その背中は、廊下の途中で一度だけ止まった。

でも、戻ってこない。

戻れる場所がないからだ。


---


昼休み。


面接官たちは、昼飯を食べない。

食べる時間がない。

正確には、食べる時間は作れる。

でも、作ると何かが崩れる。


葛城は廊下の自販機で、苦い缶コーヒーを飲んだ。

味はしない。

眠気だけが少し遠のく。


隣の面接官が、壁にもたれて言う。


「……有望、いないな」


葛城は即答しない。

否定も肯定もしない。


「いるよ」

少し間。

「でも、“いる”だけだ」


「……育成は?」


葛城は、遠くの会議室の扉を見た。

そこからは、怒鳴り声が聞こえてくる。

予算配分。

人員割当。

責任の所在。


協会の会議は戦場だ。

魔物は出ない。

代わりに、人が削れる。


「育成学校で管理して、壊れないように回して」

葛城は言う。

「それが理想」


「現実は?」


葛城は鼻で笑った。

笑うと喉が痛い。


「現実は、ワナビーばっかだ」

「口先と、憧れと、数字だけ」

「管理される前に壊れる」

「管理されたら、“映える部品”にされる」


隣が黙る。

黙るのは、知っているからだ。


---


階段の踊り場に、掲示板がある。

国内ランキングの速報が貼られている。


一位の名前は変わらない。

何年も。


「グレン」


葛城は、その紙を見て目を細めた。

細めるのは尊敬じゃない。

眩しいからでもない。


重いからだ。

その名前が、国内の安心の重さになっている。


隣の面接官が言う。


「世界ランキング(WAR)で戦えてるの、実質あの人だけだろ」


葛城は頷く。


国内のトップでさえ、世界では前座になる。

でも、うちの国で“世界の舞台”に立てるのは、その一人だけ。

その一人が倒れたら。

国の支部は、数値上はまだ回る。

でも、世論は回らない。


「後継者、いない」


隣が吐き捨てるように言う。


「育成はどうした、って言われる」

葛城は淡々と返す。

「上は“若い顔”が欲しい」

「でも若い顔は、すぐ折れる」

「折れない若い顔は、もう若くない」


矛盾してるのに、全員が正しい顔をしている。

それが協会だ。


---


午後の面接が始まる前。

葛城は一枚のメモを見た。


『中央評議会より:次期“象徴候補”の確保を最優先とすること』


象徴。

剣士部門が喜ぶ言葉。

白魔道士部門が黙る言葉。

黒魔道士部門が眉をひそめる言葉。

現場至上派が舌打ちする言葉。


派閥の匂いがする。


葛城はメモを裏返して、ポケットに入れた。

読むだけで胃が痛くなる。

でも、読まないと首が飛ぶ。


面接室の扉の前。

廊下の椅子に、また若い志望者たちが並ぶ。

背筋を伸ばして。

目を輝かせて。

未来を、まだ信じられる目で。


葛城は思う。


(頼むから)

(壊れるな)


でも、口には出さない。

出した瞬間、葛城が壊れるから。


---


玄関ホール。

受付は別の部署だ。

でも、採用課の人間も、時々ここを通る。


葛城は通りすがりに、ひとつの“異物”を見た。


壁際。

人の流れから少し外れた場所。


ケモノ族の少女が立っている。

耳が出ている。

尻尾が、硬く固まっている。

手に紙を握っている。

指先が白い。


(……またか)


たまにいる。

応募要項も読まずに来るやつ。

人間だけが対象だっつーの。


受付の職員が、困った顔で小声を出した。


「えっと……選定対象は、人間に限られていて……」


少女の喉が鳴る。

目が泳ぐ。

それでも、その場に立っている。

逃げない。


逆上してキレられたら面倒だ。

泣かれても面倒だ。

騒がれたらもっと面倒だ。


だから、いつもの処理をする。


受付の職員が、机の下から薄い冊子を取り出した。

“よくある質問”と、制度の説明と、諦め方が書いてある紙だ。


「こちらを……一度お読みいただいて……」


少女は、それを受け取る。

受け取った瞬間、少しだけ肩が落ちた。

期待が落ちた音がした。


葛城は、その横顔を一瞬だけ見て、視線を逸らした。


見たら、何かを言ってしまう。

言ったら、仕組みが止まる。


仕組みを信じろ。

英雄を信じるな。


葛城は、死んだ目のまま歩き出した。



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