理の魔法使い
@Rakushun001
第1話 実りの名を持つ者
世界を変える力は、決して祝福だけをもたらすとは限らない。それでも、彼女は見て見ぬふりなどすることができなかった。
その代償がどのような形で現れるのか――
それを誰よりも理解していたのは、ほかならぬ彼女自身だというのに。
城館の回廊を歩く。
高く伸びる天井、時を刻んだ古い柱。
俗世を離れて旅を続けてきた彼女にとって、それらはどこか遠い世界のものに思えた。
――私なら、うまくやれる。
同じ悲劇は、二度と起こさない。
そう言い聞かせるように、彼女は胸中の不安をかき消す。
魔法は、ただの破壊の道具ではない。
正しい志のもと使えば、決して悲惨な末路を招くものではないはずだ。
今ここにある称賛が、その証だった。
人々は笑い、感謝し、手を取り合って喜んでいる。ならば、この道は間違いではない。
干ばつでひび割れた大地に雨を降らせた。
荒れ果てた畑に、新たな実りを芽吹かせた。
作物がよく育つよう、川の流れを整えた。
それで、確かに救われた命がある。
目の前の命を救うことができずして、世界を救うこどできはしないのだから。
だが、彼女の脳裏には、かつて師に告げられた言葉がよみがえっていた。
「この世の理を魔法で書き換えれば、いずれ災いを招く。その土地の理を無視し、現象だけを力で塗り替えても、それは仮初の救いにすぎぬ。
力を加えて変えたものは、力を加え続けなければ、その形を保てないのだ。力ではなく、理を支える柱となりなさい」
私にはまだすべてを理解できるわけではないけれど、ならば私がその“理”になればいい。
強大な力を持ちながら、人々の苦しみを見過ごすことなどできない。
今この瞬間、目の前で飢え、命を落としかけている人々を見捨てて、何が魔道士か。
そうして彼女は、人助けの旅を続けた。
いつしか人々は彼女を称え、“実りの女神”と呼ぶようになった。
「ルナ・シュヴィト。面を上げよ」
玉座の間に、領主の声が響く。
彼女はゆっくりと顔を上げ、まっすぐ正面を見据えた。
「今回の件、民に代わって礼を言おう」
「お褒めに預かり、光栄です。領主様」
「何か褒美を与えたい。望みはあるか」
「いえ。民の笑顔こそ、何よりの褒美でございます」
領主はわずかに目を細め、穏やかに笑った。
「ほう……。そなたは本当に、豊穣の女神エフレアの生まれ変わりなのかもしれぬな。民が“実りの女神”と呼ぶのも、無理はない」
そう言って、領主は側近に合図を送り、金貨と一着のローブを差し出させた。
「これはこの地に貢献した者に贈る、私からの贈り物だ。
この紋章を見せれば、旅先でも便宜を図ってもらえるだろう」
「よろしいのですか……? 私のような旅の者に、このような」
「構わぬ。出自ではなく、成したことに報いる。それが為政者の務めだ」
彼女は深く頭を下げた。
「ありがたき幸せ。謹んでお受けいたします」
「それと――」
領主は言葉を切り、少しだけ柔らかな声色になる。
「我が息子、ノエルが、そなたの話を聞きたがっておる。大地に恵みをもたらした魔法に、強い興味を持っているようだ。よければ、話し相手になってやってくれぬか」
「ご子息のノエル様が……? はい。わたしの話でよろしければ」
この一人の魔導士と、若き領主の息子の出会いが、
やがてこの争いが絶えぬ地に暁の火を灯す光になろうとは――
この時、誰一人として想像してはいなかった。
理の魔法使い @Rakushun001
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