第4話:不純物の混入、あるいは無垢な正義

 阿久津総合建設の朝は、血の通わない数字の羅列から始まる。

「社長、第七地区の更地化は完了。基礎工事の受注金額は予定を五%上回りました」

 デスクの前に立つ氷室は、すっかり共犯者の顔になっていた。彼女が差し出すタブレットには、昨夜の「被害状況」を「経済的利益」に変換した冷徹なグラフが踊っている。


 だが、その報告を遮るように、執務室のドアが勢いよく開かれた。

「失礼します! 本日から現場監督補佐として配属されました、真島大河(まじま たいが)です!」


 入ってきたのは、仕立ての安っぽいスーツを泥で汚した、見るからに暑苦しい青年だった。その瞳は、阿久津が最も嫌悪する「理想」という名の光で爛々と輝いている。

「阿久津社長! 俺、感動しました! 昨夜のメビウスの戦い、そしてその直後に展開したわが社の迅速な復旧作業……これこそが、人々を守る建設業の鑑です!」


「……真島君、だったか。期待しているよ。現場は、君のような熱意を求めている」

 阿久津は表情一つ変えず、優雅にコーヒーを啜った。だが、氷室にだけはわかる微かな手元の狂いがあった。それは、精密機械の中に紛れ込んだ砂粒を見るような、静かな忌避感だった。


 その日の午後、阿久津は「第4のプロジェクト」を始動させた。

 ターゲットは第十二地区。戦前から続く木造住宅が密集し、行政が長年「火災時のリスク」を指摘しながらも、複雑な権利関係で手が出せなかった老朽エリアだ。


(あそこを一掃すれば、広大な再開発用地が手に入る。……インフラ・コスト、一億。リターンは三十億を下るまい)


 夕闇が迫る頃、阿久津はメビウスとして戦場にいた。対するは、彼自身が生成した、全身が熱線を発する高熱型怪人『バーニング・アッシュ』。

「さあ、始めよう。古き街を焼き払い、新しい文明の土壌を作れ」

 阿久津の冷徹な指令に従い、怪人が火炎を放つ。予定通り、まずは「解体合意済み」の廃屋が火に包まれる。メビウスは、悲鳴を上げる市民を安全圏へ運ぶという「ポーズ」をとりながら、その裏で、火の手が予定外の場所へ広がらないよう、風圧で炎をコントロールしていた。


 すべては完璧なシナリオ通り。

 だが、その時。想定外の咆哮が、戦場に響き渡った。


「――どけえええっ! 死なせねえ、誰一人死なせねえぞ!」


 瓦礫の中から飛び出してきたのは、配属されたばかりの新人、真島だった。彼は会社のヘルメットを被っただけの身一つで、倒壊した家屋の下にいた老人を背負い、猛火の中を突き進んでいた。


「真島……? 何をしている、馬鹿者が」

 メビウスの面の下で、阿久津は舌打ちした。真島が突き進む先は、これから怪人が「最大出力の熱線」を放ち、周辺の家屋をまとめて焼き払う予定の予定地だったのだ。


「メビウス! ここは俺が食い止める! あんたは怪人を倒してくれ!」

 真島は消火器を抱え、巨大な怪人の足元へ突っ込んでいく。その行動は、阿久津の計算をすべて狂わせた。真島がそこにいれば、予定の火炎放射が放てない。放てば、真島が死ぬ。社員を現場で殺せば、会社の信用は失墜し、警察の捜査が入る。


「……予定変更だ」

 阿久津は苦渋の選択を迫られた。

 メビウスは、本来なら「わざと負けて建物を壊させる」はずのフェーズを飛ばし、怪人の懐へと飛び込んだ。

「下がれと言ったはずだ、一般人が!」

「一般人じゃない! 俺は建設屋だ! 街を守るのが仕事だ!」


 真島の無垢な叫びが、阿久津の耳を打つ。

 メビウスは苛立ちをぶつけるように、怪人の核を全出力で貫いた。

「メビウス・オーバーロード!」

 想定外の早期決着。怪人は爆散したが、街の破壊率は予定の三割にしか満たなかった。これでは災害復旧予算が満額下りないばかりか、中途半端に焼け残った家屋の権利関係がさらに複雑化してしまう。


 砂塵の中、真島は救い出した老人の傍らで、メビウスに親指を立てた。

「……やったな、メビウス。あんたは、やっぱり最高のヒーローだ」


 数時間後。阿久津の社長室。

 戻ってきた真島は、氷室から激しい叱責を受けていた。

「真島君! 現場の勝手な行動は死に繋がります! なぜあんな無茶をしたんですか!」

「すみません! でも、目の前で人が死にそうだったんです。……阿久津社長、俺、もっと強くなります。この街を、絶対に守ってみせます!」


 深々と頭を下げて出ていく真島の背中を、阿久津は凍り付くような目で見送った。

「……氷室さん。あの男をどう思う」

「……不純物、ですね。我々の効率的なシステムの、最大の障害になります」


 阿久津は、モニターに映る「予定より遥かに低い受注額」を指でなぞった。

「正義という名のノイズは、時として悪意よりも高くつく。……処分するか、あるいは、このシステムの一部として磨き上げるか」


 阿久津の瞳の奥で、冷徹な計算が再び動き始めた。

 完璧だった都市管理システムに、たった一人の「本物の善意」というバグが混じり込んだ。それは、阿久津が最も恐れる「予定調和の崩壊」の始まりだった。


【本日のログ】

・怪人生成コスト:四〇〇万

・ヒーロー活動経費:三〇〇万(想定外のフルパワー使用)

・第十二地区受注額:二億(予定の七%)

・不純物:一名(真島大河)

・判定:「無垢な正義」による経済的損失、甚大。

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2026年1月2日 18:00
2026年1月3日 18:00
2026年1月4日 18:00

メトロポリスヒーロー・メビウス 五平 @FiveFlat

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