第2話
年少から仲の良い女子がいた。伊橋奈美。家も近所の幼馴染みってやつだ。
うちのクラスの男子が好きでカエルをやってみたい、と珍しく話しかけて来た。
「櫻井くんも、これで呼べる?」
世界が一段光って見えた。
あれ? もしかしてこれをきっかけに、女子と話す機会が増えんじゃね? なんて。
呼ぶのはいつも放課後の図書室だった。
伊橋は、何かいい答えが返ると、大はしゃぎした。逆に結果が悪ければ同じ事を何度も聞き、その度にため息を吐く。
ある時、面倒くさくなってついポロッと言ったんだ。
「独りでもできるみたいだぞ?」
彼女は半信半疑だったが、翌日学校で会うとぱっと顔を輝かせた。
「アレ、本当に動くんだね」
それから数週間。
紙の上のカエルは、鉛筆を握るだけで、いつものようにヘソの周りを回り、あたかも本人の好みのように次々と文字を指す。
『あつふ○るは○い』
えっと、あつぷるぱい……アップルパイか? でもこの間、当の中島は「シナモン苦手」って教室で話してた。
——俺は、誰と話していたんだろう。
“独りカエル”のやり方を伝えてからは、伊橋奈美からカエルに誘われる事もなくなっていた。
彼女も俺もさっさと家に帰って、“独りカエル”をするのが日課になり、顔を合わす事も減っていた。
だからある時、隣のクラスから出て来た伊橋を見た時は、驚愕した。
二週間ほどで、足が鉛筆みたいに痩せ、頬もこけていたんだ。
周りも心配し始めた。声を掛けたが、どこを見ているかよくわからない視線で、話もあまり聞いていないようだった。
彼女の見た目は、誰からも異様に映ったようで、
「4組の伊橋さん、ちょっとヤバいよね」
クラスメイトが口々に噂を立てた。
次の日、また事件は起こった。
女子がカエルで呼び出してキャーキャー言ってたやつだ。
学校に救急車が来る騒ぎになった。
友人とふざけた際に目を傷つけ、手術が必要らしい。
偶然は続き、また同じ週。
今度は
……伊橋奈美に相談された男子生徒だ。
誰も口では言わないが、笑い泣きかえるが禍いをもたらしていると思い始めていた。
あのカエルの関係者、それも、呼び出した方じゃなく呼び出された方が被害に遭ってる。
呼び出された側という事は……俺が呼び出した中島も?
中島に何も起こりませんように。
休み時間の間、そう祈りながら過ごしていたら、別のクラスの女子生徒二人が俺に声を掛けた。
「どうしよう。私たち、カエルさまで敷島くんも呼び出しちゃったの」
自分が呼び出されたのもショックだったが、カエルさまが猛スピードで飛び火している方に背筋が震えた。
その日のうちに、校内ではカエルさまを含めた降霊術が禁止された。
◇◇◇
それからまた2週間。俺も中島も何事もなく過ごした。
“独りカエル”をやめた後も伊橋は相変わらず痩せ細っていて、食欲も落ちていた。
『濁点がついている名前は、無効』
誰かがこんな推測を立てた。
確かに、身の回りに変な事が起きているのは、フルネームに濁点のない生徒ばかりで、濁点がついた名前は上がって来なかった。
だから、しきじままこと、なかじまはるかは被害を免れたのか?
でも、まだ油断はできない……。
いつも以上に車に気をつけながら塾につくと、隣の中学の奴らがまだカエルさまで遊んでいた。
「それ、やめた方がいいよ。呼び出された子が事故ったり、病気になったりしてる」
学校でも同じクラスの女子生徒が注意する。
「そうなの? これで彼氏彼女できたコ増えてるよ?」
彼らの中学はまだ平和らしい。
「笑い泣きかえるさま、かえるさま……」
誰かが呪文を唱えている……が、
——呪文が違う?
「呪文って、そんなだっけ?」
それに、カエルの上に、赤いペンで鳥居が描かれていた。
そんな鳥居、この間見た時はなかったぞ?
鉛筆をお互いに握ったまま、その二人は言う。
「え、元々こうだよ?」
「!?」
目の前が真っ暗になった気がした。
次々と変な事が起きたのは、誤ったやり方で禍いを呼んだから、なのかも知れない。
誤った方法を広めたのはもしかして……。
——俺、か。
◇◇◇
そんな時、あいつと会った。
小学校時代の同級生、
時々会いたくなって、何度かLimeで謝ろうと思ったが、送信しないまま月日ばかりが流れる。
図書館で偶然会って、向こうはもう全然怒っていなかった。卒業前と変わらず気兼ねなく話せた。
1年半会わない間に、背が抜かされてる。
でも、ホッとしたのも束の間だった。
「笑い泣きかえるって流行ってる?」
気になって聞いた俺に、到は言った。
「あれ——オレが作ったんだよ」
何事もない口調に、思わず絶句する。
そういえばこいつは、新しいゲームや話を作るのが得意だった。
何かを作ると真っ先に俺に見せにくる。俺はそれに意見を言って改良を加え、クラスで流行らせていた。
到はさらさらとアレを書いた。
カエルは、涎じゃなくてちゃんと泣いていた。
濁点は、今の今まで忘れていたらしい。
じゃあここに付ける、と言って、『あ』の隣に無理やり濁点を書いた。
「なんでこんなもん作った?」
「ただの恋占いのつもりだったんだけどな」
恋占いのつもりだった、じゃねぇ! 一人歩きしてる。
なんの冗談かと思ったが、翌週の塾で誰かがやってたカエルは、到が付けた場所と同じ位置に濁点が増えていた。本当にあいつが作って広めたらしい。
それから半年ほど、隣の中学の生徒がカエルで遊んでいるのを何度も見た。何か騒ぎになった噂も聞いたことがない。
捻じ曲げたカエルがますます怪しく思えてくる。
Limeでもっと早く俺が謝っていたら……送信ボタンさえ押してたら。きっと笑い泣きかえるも最初に見せに来ていた。濁点が足りないのも俺ならすぐ気づけた。
……なんなら世に出る前に止める事だってできたかも知れない。
ずっと後になって、俺はその考えが甘い事を知る。
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