わらいなきかえるさま

KaniKan🦀@ヨムはカクヨムコン優先

第1話

 入学式以来、袖を通してないスーツ、おかしくないかな。


 付き合い始めて1周年。

 俺、敷島誠しきじままことはこの日のためにバイトのシフトを死ぬほど入れた。


 もうすぐ、杖をついた彼女が待ち合わせ場所にやってくる。

 奮発して予約したフレンチの店は足の悪い彼女のために、入り口からすぐの席を取った。


 本当は向かいから見えるビルの最上階の一番奥、見晴らしのいい窓際のカップル席が良かったけど……。

 

「お待たせ。これ……おかしくないかな?」

 春らしいパステルイエローのワンピースに髪をアップした彼女は、少しはにかむようにスカートの裾をつまんだ。

「はるか、えっ、すげぇ似合ってる!」


 俺はこれまで彼女の名前を苗字で呼んだことがない。付き合う前からサークルのノリで名前呼び。


 苗字を浮かべようものなら、嫌でもアレがついて回る。


 はるかと会って以来、俺は時々、中学時代の自室でスマホを握りしめる夢を見るようになった。


 夢の中の俺はただいつもスマホを睨むだけ。

 画面には、『言いすぎた。ごめん。中学でもまた遊ぼう』という文字。

 でも、何も送らないで終わる。


 あいつに謝ろうとして、でも中坊の俺はつまらない事で意地を張って、被害がでかくなったのを、まだどこかで悔やんでる。


『笑い泣きかえるさま』


 忘れもしない中学2年の夏。

 地域で流行った降霊術の類だ。


 ひらがな五十音が並んでいるのは、有名なやつと多分同じ。


 真ん中に小さいカエルの絵。左半分は笑い顔、もう片方は泣き顔……なのだろうが、位置が微妙で、涙というより涎を垂らしてるみたいだった。


 鉛筆をみんなで握って呪文を唱え、鉛筆が動くのを待つ。


「これ、半濁点マルはあるのに、濁点がないよ?」

「だから心の中で濁点をつけるんだよ」

 ……あ、なるほど。


 塾で隣の中学に通うヤツから教わって、見よう見真似で放課後に教室で試したら、握っていた鉛筆が——誰かに引っ張られた。


「ええ? これお前が動かしてんだろ?」

「誠こそ動かすなよ」


 どういう理屈かわからないが、鉛筆は滑らかに紙の上を滑り、意味のある言葉を指していった。

 

 俺たちを見て、クラスの女子が真似し始めた。 

 結果的に、俺がクラスで広めた事になった。



 中島遥なかじまはるかは、教室で俺たちがカエルをすると決まって混ざりに来ていた。


 数人で同じ鉛筆を握る。中島の手は柔らかくて、ちょっといい匂いがした。それに俺よりもずっと大人びて見えた。


 次は何を聞く? 

 どさくさに紛れて好きな子と手が触れる。

 いつも緊張するのに、鉛筆を一緒に握ってる間は自然と話せる。

 ……このまま時間が止まったらいいのに。


「敷島くんの好きな人は?」

 うわ、それ聞くか?

 誰が動かしてるのか、鉛筆が滑る。


『な……か……し……ま』


「違う違う! 誰だよ動かしてんの!」

 その場では戯けつつ、内心で期待もした。


 俺は全く力を入れていない。

 ——もしかして、中島が動かした?


 ……何自惚れてんだか、中学の俺。

 けど、こうなると中坊なのでどうしようもない。


 中島遥。なかじまはるか。ナカジマハルカ。

 寝ても覚めても頭の中は彼女で一杯になった。

 

「ほい、先週分」

 自宅のリビング、2コ上の兄が漫画雑誌を投げて寄越した。 


 目当ての漫画に辿り着く前に何気なく開いたグラビア。それまで何とも思わなかった水着の女の人が、なんでか顔だけ中島に見えた。

 隠してる布の面積がムネの割には小さい。

 ……いや、きっと中島はこんなにでかくない。

 

 居ても立っても居られなくなった。俺は自室の部屋で、あのカエルと文字を書き、両手で鉛筆を握った。


「笑い泣きかえるさま、笑い泣きかえるさま、おいでになられましたら、おへその周りを3回お巡りください」

 呪文を唱える。

 

「中島が一番夢中になってるものは?」

 

 動くわけないなぁとは思っていた。案の定、鉛筆はピクリとも動かなかった。

 まぁ、そうだよな。


 けど、鉛筆を握ったまま、しばらく手元を見ていた。

 だんだん頭がぼーっとしてきて、眠ってるんだか、起きてるんだか、よくわからなくなってきた。

 

 鉛筆に重みを感じた。添えていた両手はそれ支える為にバランスを取ろうと不自然に揺れる。

 

 ふと気づくと……紙には鉛筆が滑った痕跡があった。


『て……に……す』


 離しそうになった鉛筆を辛うじて握り直し、意識を留める。

 途中で離したらヤバかったはず。何がヤバいのかは知らない。でも得体が知れない分、起こって欲しくない事柄が濁流みたいに頭を回り始めた。


「……誰?」

 

 手の震えが止まらないまま、鉛筆が文字を指していった。

『な……か……し……ま』


「!?」

 紙の上に緩やかに線が引かれていく。

 鉛筆は一定の場所に来るとそれ以上先に進まなかった。

 代わりに、線が勢いよく刎ねた。

「なっ……」


 鉛筆の持ち方を初めて教わった時みたいな、誰かの手に誘導されるあの感じ。

『は……る……か』

 

 頭のどこかでは俺が動かしてるのをなんとなく感じていた。一方で自分の手じゃない感触もあって、手首から先を乗っ取られた気分だった。


 滑る鉛筆は、それっぽい言葉を指してくる。


 それから、俺は毎晩のように“独りカエル”で紙の向こうの彼女と話すようになった。


 戻ってきた文字で、勝手に中島を知った気になっていた。


 でもな、

 中島は女子サッカー部で、将来の夢は、 

 ——なでしこジャパンでプレイしたい。


 だったんだよ……。

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