第4話 卵たち

* * *


 将軍家の主要な人間が王都から姿を消して以来、はや五年が過ぎた。


 この間、国内では散発的な戦闘が続いた。どの事件でも数名の死傷者が出ており、小規模ではあるが内戦状態に陥ったとして王は戒厳令を敷いた。

 しかし、その死傷者はだいたい王妃派の軍人であるので、愛妾に心を寄せる民衆は胸が痛まないようだった。革新派の新聞に至っては、国庫を浪費する女の手下どもに打撃を与えてやったと書き立てる始末だった。

 当然保守派であり王妃派の筆頭である宰相家は黙っていない。内乱罪を企図する姿の見えない首謀者を指名手配し、将軍の失踪後櫛の歯が欠けるように消えていく軍人たちの代わりを自分の派閥の人間で埋めていった。


 宰相の卵として文官の道を進むはずだったエイラスも、軍部の人間になった。宰相が統帥権を握り、その長男のエイラスは保守派の軍人を束ねる若き英雄としてもてはやされた。


 だが、王城のバルコニーから城の庭に集まっている民衆に向かって国際政治の団結を訴える演説をしたあと、エイラスはふと、エイラスの演説に熱狂する王妃派の聴衆たちを見て、みんな本当にこれでいいと思っているのか、と思う時がある。


 みんな、本当は知っているのだ。地下に潜った革新派たちを革命軍と呼び、その首領に上がっている人物の名を、理解しているのだ。けれど、口には出さない。それは革新派にとっては彼ら一族を肯定する行為であり保守派にとっては彼ら一族を否定する行為なので、致命的なことにならないように腹を探り合っている。


 このままだと国は保守派と革新派が王国軍と革命軍に分断されるわけだが、エイラスは、君は本当にそれでいいのか、と問い掛けたい。けれどその思いは声にならない。


 革命軍の首領の卵の一挙手一投足を、国じゅうが見つめている。


 エイラスは一瞬たりとも彼のことを忘れたことがない。若く愚かだった青春の日々、浅はかで輝かしかった友情とその下でうごめいていた嫉妬や羨望といったみにくくどす黒い感情を、今も消えた彼に向け続けている。


「さすが宰相の卵」


 バルコニーから離れて屋内に引っ込もうとしたところ、影で聞いていたファイヤルにそう語り掛けられた。


「誰もが聞き入っていた」

「そもそも衛兵たちの監視のもとに集まっている人間はこちら側の人間ですよ」

「国じゅうの女性が君に恋をしているとも聞いた」

「誰ですか、僕にそんな悪評を立てる不届き者は」


 エイラスはまだ独身だった。母は必死に見合い相手を選定していたし、行列ができているという話も小耳に挟んだが、エイラスは拒んでいた。自分よりファイヤルが先だと思っているからだ。

 しかしそのファイヤルは王妃の息子という不安定な立場で、なかなか婚約者が決まらない。いろんな理由で破棄したりされたりと、二十代の王族なのに宙ぶらりんの身分であった。


 悠長に女にうつつを抜かしている場合ではない、という気持ちと、早めに跡取りを作って両親や仕えてくれている人々を安心させたい、という気持ちとで、よくぐちゃぐちゃになる。


 自分はいつ何があるかわからない。

 なぜならば、この王子のために命を捧げる覚悟だからだ。

 この王子にすべてを捧げることを名誉なことだと思っていて、その他のありとあらゆることに優先すると考えているからだ。


 いつでも死ぬ覚悟はできている。


 だが、それは今ではない。


 時々、彼と再会する夢を見る。

 その中で、自分と彼は互いに刃を向け合っている。

 この国の未来を憂える同志として、殺し合う覚悟を決めている。

 それこそが、忠義だ。


 エイラスは腰にさげている剣の柄頭に手を置いた。この剣は本物の真剣だ。ファイヤルを傷つける者を斬り捨てるための真剣だ。

 あの時代、彼はエイラスより強かった。きっと今も、鍛錬を続けている。

 それでも真の意味でファイヤルを守るのは自分のほうだ。


「では、午後のティータイムとしゃれ込もうか」


 少し疲れた顔で苦笑するファイヤルに、エイラスは笑みを返した。


「ええ、どこへでもお供しますよ」


 この王子に、永遠を、誓った。


 いつでもかかってくるといい。





<終わり>



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泥濘で足掻く ~ある王子をめぐる少年たちの競演~ 日崎アユム(丹羽夏子) @shahexorshid

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