第4話 The Curious Case of Curious Chatter
――それは、どこにでもある、かしましい女の子たちの会話。
⚪︎ ⚪︎
『トランシスコ・ベイ』と呼ばれる場所がある。
キューボイド01と呼ばれる空間の、大企業メサイアの支配地帯。
その中央部に存在する
眼前には、現実世界の海そのものといえる巨大な湾岸地帯が広がっている。
波が打ち寄せ、潮の満ち引きがあり、海の匂いすらした。
ただ、時折風に揺れる水面には、虹かオーロラのような干渉光が走る。
そして水は、美しいまでに異常な透明度を保ち、人間にどこか
海のように揺らめきながら、触れればガラスのように人工で冷たい――。
水槽を思わせるその場所は、グラスウォーター・ガルフと呼ばれている。
ブラックアウト以前、企業間による
いまでは、メサイアを含むV5と呼ばれる五つの巨大企業同盟が統治し、企業同士の露骨な戦闘は過去のものとなった。
もはや巨大な要塞を建造して飛ばすような行為は、コストの無駄でしかない。
トランシスコ・ベイは、そんな手法が廃れた後、ブラックアウト事件以降の時代には珍しくもない、土地に根差した開拓型都市として成立した。
昼間の顔は実に穏やかだ。
昨夜の人型機動兵器同士の追跡劇や戦闘―― 殺伐とした出来事があったとは思えないほど、日常という光が街を照らしている。
もっとも、多くの住民はそれが表面上のものだけだと知っている。
それでも、朝の授業前に高校生たちが噂話に興じるほどには昼の街は綺麗で、平和だ。
⚪︎ ⚪︎
私立ハウンゼント女子プレパラトリースクール――。
通称、ハウンゼント・ガールズ・ハイ。
二年ランカスタークラスの教室。
朝の授業前のひととき。
仮想現実の1時間は現実の三十分という時差がある。
人類が生活の大半を過ごすようなった仮想現実の1年は730日だ。
仮想現実では現実の倍速で時間が進行している。
そのため、現実時間に合わせインター・ヴァーチュアの時間では週休六日、授業は週1回の登校だ。
そうやって、人の生活は仮想現実に依存して変化したが、それでも学校の風景というのはほとんど変わらない。
キャメル色のブレザーに、ベージュとチェックのバーバリー調制服に身を包んだ生徒たちが、たわいもないおしゃべりに興じていた。
「……って、デットマンとかいうコード・ライダーが、昔キャニオンでさ、たった一人でダイダラボッチってチームをボコしたんだって!」
「なにそれ? まるで西部劇じゃん。つーかダイダラボッチってなに?」
「なんかジャパニーズ・
「あんたさぁ、それ、この前のドキュメンタリーのネタじゃん」
「……あちゃー。 バレたか」
「アナーキートレインの時代なんて、うちら小学生だったでしょ」
「だよねー。そういえばさ、昨日の夜、ベイサイドでCF同士の戦闘があったらしいよ」
そんな調子のやり取りが続く。
やがて会話は、虚実入り混じるゴシップからオシャレの話に移り、「パシフィックゲートの銀蘭堂に泊まりで行こう」なんて予定を立て、自然とまた噂話へと戻っていった。
「ねぇ、アウター・バンカーで聞いた話なんだけど――」
「あんた、まだ閾大通り向こうのあの店通ってるの? バレたらヤバいって…… あー、わかった、男だろぉ?」
「余計なお世話ですぅ。 それよりさ――
その言葉に、同級生たちは一斉に首を傾げた。
――この仮想現実で死体など、ありえないはずだからだ。
人間はインターフェイスを通じ、意識をデジタルに投影して、インター・ヴァーチュアと呼ばれる仮想現実へアクセスしている。
どれほど長くこちらで過ごそうと、所詮『異邦人』だ。
ログインとログアウトという処理でしか、この世界とは繋がれない。
仮に物理演算の結果として
いずれにせよ、投影されたデータがこの世界に残ることはない ――はずなのだ。
だから、死体なんてものが、残るなんてありえない。
「どういうこと?」
「……彼氏から聞いたんだけど。 彼、
話を聞くうち、皆の表情が硬くなった。
死体の話を持ち出した彼氏というのが、スラムで非合法な仕事をしていると理解したからだ。
皆、多かれ少なかれ、閾大通りの向こう―― グラウンド・ラインには関わっている。
壁の下には刺激が集まっているからだ。
壁の下を知っている。
だから理解した。
――さっきまでのゴシップとは違う、と。
この噂には、アンダーグラウンドのリアリティが含まれていた。
「――なんか最近、下で新しくおかしな連中が入ってきたらしいんだけど……」
⚪︎ ⚪︎
彼女の語る噂話は、芝居がかった誇張を抜きにすれば、よくある話だった。
かつてトランシスコ=ベイは、ミッドシティを中心に郊外へ拡大するスプロール型計画都市だった。
しかし外部からの流入と自由集落による無秩序な占拠が進み、街は急速に変容した。
富裕層は郊外から再び中心部へ戻り、やがて高台にアップタウンが形成。
街は閾大通り一本で上下に分断された。
その分断線の下―― グラウンド・ラインは、境界の曖昧な貧民街となり、ネオンと欲望を抱えた歓楽街として膨張していった。
そんな場所に、新しいグループが入ってきた。
よくある話で、日常的なことだ。
先住者と新参者の間で、適応と淘汰が繰り返される。
だが今回の連中は、どうも得体が知れない。
ギルドでもなく、ギャングでも、カルテルでもない。
そんな新参者は暴力も、
攻めてくるわけでもなく、縄張りを荒らすわけでもない。
ただ―― 住民を掌握する。
実害があるわけではないが、まるで 真綿で首を絞められるような恐怖を覚え、いくつかのグループが結託して関係者に暴行を加えた。
翌日、姿なき新参者たちの報復がおこなわれた――。
その報復は静かで、いつ実行されたのか誰にも分からない。
ここまでは、トランシスコ・ベイの薄暗い部分でよくある話。
普通なら、そこで終わったはずだ。
だが、この話には続きがある。
報告は異様なほど詳細に伝わった。
ある者たちは逆さに吊られ、
ある者たちは、虫の標本のように串刺しにされ、
ある者たちは、喉を裂かれた。
――なぜ、その内容を知り得たのか?
答えは一つ。
凄惨な骸が、現場に
⚪︎ ⚪︎
「……って、すごい臭いで、もう、ぐっちゃ、ぐっちゃ。 警官もゲーゲーやってたんだって!」
大袈裟なジェスチャーを交えて語る少女に、隣のクラスメイトが呆れて言う。
「それってさ、ただのスプラッタな映像データじゃなくて?」
「だーかーらー。ヤラれた連中の中にさ、彼氏の問屋さんがいたらしくて、それ以来プッツリ……」
語り手は右手で首を切るジェスチャーをした。
「リアルでも全然連絡取れなくなっちゃったらしくてさぁ。 おかげで今、新しい問屋さん探してるってわけ」
「イヤイヤ…… 彼女なら、まともなバイトに乗り換えさせろよ」
「ええー、だってー。リッチなのがイイんじゃん」
教室の一番後ろ。窓際。
自分の机で、マギーはその会話が嫌でも耳に入っていた。
普段なら、授業ギリギリに飛び込むように教室へ来るマギーだが――。
昨日の便宜上の保護者の説教にイライラし、妙に寝付けず、珍しく早く登校していた。
寝不足のあくびをしつつ頭上で手を組み、背中を伸ばす。
(……残る死体、ねぇ…… アホらし)
マギーはだらんと手を下ろし、窓の外へ目を向けながら鼻で笑った。
その背中に、クラスメイトたちのヒソヒソ声が突き刺さった。
「ねぇ…… 今日さ、ゴールドマンさん、なんか早くね……?」
「――ねぇ、あんた声かけてきなよ」
「嫌だよぉ。声かけるの怖いし。 ……この前すごい睨まれたし」
「あー…… あの人、ギャルだしねぇ……」
(……全部聞こえてる、つーの)
反応するのも馬鹿らしく、マギーは窓の外を見たままスルーした。
確かに、マギーはハウンゼント・ガールズ・ハイでは浮いた存在だ。
ブレザーはゆるく着崩し、シャツはタイト。
スカートは規定より明らかに短い。
ボリュームのあるブロンドはハイポニテールにまとめ、赤いメッシュが強烈に目立つ。
この学校はお嬢様校として有名で、通うのは資産家や名家の子女ばかり。
先ほど噂話に興じていたクラスメイトたちは、私生活はどうあれ、学校では化粧気もなく、髪型も落ち着き、いかにも『お嬢様』で固められている。
マギーは、ある出来事をきっかけに今のスタイルに落ち着いた。
中学二年の頃にトランシスコ・ベイへ引っ越した頃からだ。
中学時代は、こんなお嬢様たちとは無縁のパブリック・スクールに通っていたが、周囲の反応は大して変わらなかった。
むしろ今の高校のほうが露骨に引かれているような気がする。
とはいえ、今さら周囲に合わせようなどと思う気は毛頭ない。
マギーは我が道を行く、という生き方を選んだ。
周囲に溶け込んで
やりたいように生きて、なりたい自分になる。
それが―― マーガレット・マジーン・ゴールドマン の決めた生き方。
(でも……警官がゲーゲーねぇ。裏ぐらい取ってみっかな)
便宜上の保護者の忠告もどこ吹く風。
マギーは警察本部で情報を漁るついでに、噂の真偽を探ってみるつもりだった。
死体の噂は眉唾としても、謎の報復者の存在は気になっていた。
お嬢様学校の女子高生たちのたわいもない噂話。
都市伝説めいた荒唐無稽な話。
だがその噂は――。
マギーの直感と奇妙に共鳴し、彼女の未来を大きく巻き込んでいくことになる。
小石が落ちた水面には、気づかぬうちに波紋が広がりはじめていた。
やがてその波紋は、トランシスコ・ベイ全体を呑み込むほどの大きな波へと育っていく。
『謎の集団と、仮想現実世界に残る死体』
そんな陰謀論めいた三流ゴシップ話の片隅に―― マギーはすでに足を突っ込んでいたことに、まだ気づいていなかった。
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電界彩輝 マッド☆カプセル・バニー 不治痛 @achebon
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