第2話


「はぁ、はぁはぁ…………外に出たぞ、離せ……」


「やだ、だってわたしのこと見捨てるんでしょ……っ!」


「見捨てないよ。正直、ここからひとりはおれだって心細いって」



 紆余曲折あって。

 同じく牢の中にいた顔見知りと同じルートではなく、恐らく間違ったルートを進んでしまったのだろう。

 一心不乱に進める道を走っていたら、気づけば外に出ていたが……

 出口付近には女性の仲間はいなかった。とても静かだった。


 地下にいたはずだけど、出てきたところは高い場所だった。

 見晴らしがいいが……周りには森しかない。


「ここどこだし……。なんで見える位置に国どころか村もないんだ……」


 すると、背中で獣耳の少女が鼻を鳴らした……くんくん、と嗅いでいる。


「ううん、あるよ。村……見えないけど、たぶん森の中のツリーハウスだ」


「ツリーハウス……あ、ほんとだ……よく見えたな。いや、目じゃなくて鼻か? 耳ってこともあるのか……」

「全部いいよ! 目も鼻も耳もわたしは人よりすぐれてるの! えっへん、どうだわたしに利用価値を感じてくれた?」


「まあ……そこそこには」

「やったっ、一緒にいていい?」


 期待を込めた跳ねた声が耳元で聞こえてくる。

 少年は近い声に顔を反ったが、断る理由もなかった。


「……いてくれると助かるよ」

「むふー、しょうがないにゃあ」


 にゃあ? 猫科の獣人族なのかもしれない。


「わたしがいてあげる。しょうがないにゃあおにぃちゃんはぁ」


 おにいちゃん。そう呼ばれて、ぞぞぞ、と少年が体を震わせた。


「それ気持ち悪いからやめろ。おれの名前はヒックだから……」

「ヒック? ヒックね……おぼえた。わたしはチキだよ!」

「チキン?」

「チ・キ! チキンじゃないよだって獣人族だもん!!」


「じゃあ、チキ。連れていくからさ、とりあえず離してくれる? だいじょうぶ、もうどこにもいかないからさ」

「ほんとに? そう言っておいてどこかにいくつもりじゃ……」

「だとして、追いかけたら捕まえられると思うけどね……」


 人間が走って逃げても、獣人族なら簡単に捕まえられるだろう。

 それくらいの身体能力の差はあるのだ。


「獣人族は速いし」

「うらやましー?」


「べつに? だって頭はちょっと……弱いじゃん」

「そんなことっ!! ……は、ないけど……?」


 少年――ヒックも人のことは言えないけれど、彼女よりはちゃんと勉強をしてきた自負がある。

 彼女のことを――チキのことを理解しているわけではないけれど、机について勉強をしているとは思えなかったのだ。森を駆け回ってる光景しか浮かばなかった。


「とりあえずさ、首を傾げる前におれの背中から下りて。いつまでおれのリュックでいるつもり? ほんとのお荷物になるよ?」


 ヒックが体を揺さぶると、力を抜いたチキがずるずると落ちていく。

 地面に下りたチキがなぜか後ろにつまづいて尻もちをついていた。


「ぁいたっ」

「あの村に寄ろう。聞きたいこともたくさんあるんだから。ここがどこで、故郷がどの方角にあるのかとかさ……あとは――」


 手が差し伸べられなかったことに不満そうなチキだったが、自分の手で立ち上がって、ヒックの言葉を繰り返す。


「あとは?」


 ヒックが上を見た。

 晴れた空。白い雲――


「あれ、なんだと思う?」



 ――むしゃむしゃ、と。


 そう聞こえんばかりの光景だった。


 白い雲に口、のようなものがあり(そう見えているだけかもしれないけど)、それが咀嚼するように上下に動いていた。


 鋭い牙が見えたような気がした。

 目が開き。

 ぎょろり、と動いたように見えた。


 動く眼球が、下を見る。


 ヒックとチキを…………見た?



「あれ、なんだと――」

「し、しらないわかんない!! だってずっと地下に閉じ込められてたから外の世界のことなんかわかんないよ!!」


 ヒックは外の世界を知ってはいるが、故郷の国とその周辺地域だけだ。

 馬車で一週間以上もかかる場所のことは知らない。多少知識があっても、目の前の現象を知らなければ無知であることはチキと変わらなかった。


「――あれ? いなくなった? ……さっき見た雲、どこに……」

「ね、ねえ、ヒック……。雲ってさ……空気、なんじゃないの……?」

「煙、水蒸気とか……っ、そっか――だから、」


 気づけば囲まれていた。

 白いもやのようなもので覆われていた。


 上にいた雲が一瞬で降りてきたように――ヒックとチキを囲む。


 ここが既に雲の舌の上だとすれば、すぐ横に牙があることになる。


「ッ!?」

 ヒックがチキを掴み、

「っ!!」

 チキもまたヒックを掴んでいた。


 反射的に、だ。

 白く染まった景色の中には、顔見知りだった人間の姿があった。


 ただし、ぐちゃぐちゃになった死骸だったが――――



「たぶっ、たべられっっ」


「雲が人間を食べてた……っ!?」


 こんな生物が――とこぼれる。

 しかしこれは生物なのか? 雲だ、雲だから……生物ではない。


 人を食べる雲の姿が段々と見えてくる。

 同時に、ヒックを狙う牙も確かにそこにあると実感し……、

 回避できないことを悟った。


 理解し、足がすくんだヒックを、チキが野性的な反射で抱きかかえる。

 牙に挟まれる寸前で跳躍して回避、白い雲をかき分けるようにして全力疾走!


 獣人族としての本領発揮だった。


 ヒックを抱えても速度が落ちず、逆に加速していく。

 森の中を駆けるチキを、白い雲が追いかけていった――


 上にはツリーハウス。

 不法侵入だと騒がれる前に、チキが村の中を駆け抜けた。

 同時に、白い雲が村を覆う。



「チキッ、このルートだと村の人がッ」

「えっ!?」


「…………いや、大丈夫、このまま進もう……村の人たちには悪いけど……」


 おかげで雲の視線がヒックからはずれた。

 雲の意識は、気づけば口の中に入っていた村人に向かうだろう。


 据え膳を喰らうように、大口を開けた雲が、村を丸ごと喰らい――――



 そして、村から離れたところでヒックが捨てられてあった黒いローブを見つける。


「チキ、止まって!」


 尻尾をぎゅっと掴んだことでチキが悲鳴を上げたけど、それどころではない。

 足を止めたヒックがローブを拾い、チキの手を掴んで茂みの中へ。


 ローブを頭の上から被る。小さなふたりの体を覆えるほどのローブだった。

 十三歳のヒックと、年下に見えるチキなら、抱き合えば大人のローブにすっぽりと隠れることは可能だった。

 このまま、雲をやり過ごす…………



 すると、ローブになにかが当たった。

 水滴だ。

 雨……らしい。


 だが、足下に流れ込んでくる水滴は、赤かった。


 そして鉄臭く――――血だった。


 さらには水滴以外にも重たいものが落ちてくる。

 ひとつひとつは小さなものなので痛くはないが、気になる重さだった。


 数分、だっただろう。通り雨が終わり、赤い雲が頭上を通り過ぎていったようだ。

 さっきまであったツリーハウスの村は、ツリーハウスを残して人の気配がなくなっていた。人の肉だけを選別して食べていったのかもしれない……。


「これが、外の世界、だって……?」


「ね、ねえっ、ヒック……? 地下の方が安全だった、ってことはないかな……?」


 衣食住があった。

 人権はなかったけれど……でも、外の世界は、もっと弱肉強食だった。


 安定した衣食住がなければ、守られる人権だってあるかどうかも……。

 自分の身は自分で守らなければいけない世界だ。……いや、当たり前なのだけど。


「雲……もういった、かな……」

「うん……白いの、もういないね……」


 びしょびしょに濡れたローブを捨てる。

 呆然としてしまうが、ここにいると死骸に集まってくる猛獣がいるだろう。

 せっかく逃げられたのに猛獣に襲われていたら意味がない。早く逃げなければ――


「……戻ろう。いく当てがないなら、まずさっきの村で情報収集をしないとね。おれたちはまだ、なにも分からないままなんだからさ――」


 外の世界のことを。

 さっきの雲のことも――


 常識なのか異常事態なのかも分からない。

 ヒックとチキは、なにも知らないのだ。


「調べないといけない、世界のことを」

「う、うん……」


「進む道は、自分の手で切り開いていかないと」



 そして、商品としての人生を終え、新しい生活が始まる。


 まずは、故郷へ帰るために。


 ふたりの手探りの冒険が始まったのだった。





 …おわり

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とおりあめ[バクバク雲のひみつ] 渡貫とゐち @josho

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