とおりあめ[バクバク雲のひみつ]
渡貫とゐち
第1話
ろうそくの火だけで照らされた薄暗い地下室だった。
暗闇に目が慣れた、鎖に繋がれた老若男女が鉄格子の中にいる。
彼、彼女たちは商品だった。
一部のマニアックな層に求められている、人間という”物”である。
がちゃり、と遠くの方で扉が開いた音がした。
重たい鉄の扉が、きぃ、ではなくゴゴゴゴ、と開いたような……
その音に違和感を持った商人の中年男性が、手元の本から視線を上げた。
燭台を手に持ち、椅子から立ち上がったところで――
「よお、こんなとこに巣くってやがったか」
「なっ!?」
「コイツらの、牢の鍵はどこだ? あー、いい、自分で探す。テメェの懐になければ引き出しん中だろ。喚くな、うるせえ。協力する気がねえなら喋んな、くっせぇ」
女性の声だった。
だが、燭台の小さな火で照らされた彼女……彼女? の体は女性にしては大きかった。
肩から腕、見える腹筋や、さらに下の太ももからふくらはぎまで、鍛え抜かれた戦士のような体つきだった。
少年が憧れるような筋肉質な男そのものだった。
胸筋なのか女性の胸なのか分からない。長い赤髪でなんとか女性に見えてはいるものの……屈強な男性と勘違いしてもおかしくはなかった。
「ふごがぼ!?」
「お、あったあった、これか、牢の鍵は――」
赤髪の女が鍵を投げる。鉄格子の中、商品となっていた男が鍵を受け取り、錠に通して解錠する――牢屋の扉が開いた。
「開いたんならさっさと逃げろ――立てねえ、歩けねえやつは手を挙げろ、あたしの部下が抱えて上まで連れていってやる」
老人、怪我をした女性などが手を挙げた。
女性は指を、ぱちん! と鳴らし――その破裂音が地下空間に響き渡る。
「姉御!」
「連れていってやれ。おい! もっと明かりを持ってこい、コイツらの足下を照らしてやれ、つまづいて怪我でもしたらどうすんだ!!」
姉御、と呼ばれた女性の怒声に部下たちが忙しく動く。
牢屋から人がどんどんと出ていく中――ひとりの少年が立ち止まった。
止まった彼の背中にぶつかった小さな少女が、後ろで尻もちをつく――「あいたっ」と悲鳴が出ても、その少年は立ち止まったままだった。
「なあ……あんた」
「なんだあ、坊主。はよ逃げな……うろちょろされたら邪魔だ」
「あんたの、名前は?」
「だれがアンタに名乗るか。助けたヤツからいちいち感謝され恩返しをされたらめんどうなんだ……こっちにの身にもなれってんだよ。あたしは暇じゃないんだ。いいか? 追いかけてくるなよ? そういうことはまずアンタらが幸せになってからだ」
釘を刺されてしまったようで、少年は口をむう、とさせ、なにも言えずにいた。
「ほら、いけ。アンタの後ろの小娘が前へ進めていないじゃないか。手を貸してやんなよ……立ち上がれないみたいだからねえ」
「え?」
まるでいま気づいた、みたいな反応だ。
実際、彼はいま気づいたのだろう。
少年が振り向く。倒れていたのはピコピコ動く獣の耳を持った少女だった。
金色、よりは黄土色か。
恐らく、彼女の体を綺麗にすれば金色になるだろう毛並みだった。
そして、揺れない尻尾が地面に垂れている――元気がなかった。
「あっと、ごめん。おれのせいで――」
「だっこ、して」
「おい。それは甘えすぎでしょ……だっこはしないから。けど、おれの後ろをついてくるなら好きにすればいいよ」
手を差し伸べ、彼女を起こす――だけして、少年が前へ向いた。
少女を置いて出口へ目指す。
「やっ、ちょっとまってよぉ!!」
ぐい、と引っ張られたことで少年の足が止まる。
そのまま後ろに倒れそうになったところで、巻き添えになってしまう少女のことを考えなんとか踏ん張った。
「ふ、服を掴むな走りづらい!!」
「だ、だって……ここで置いていかれたらわたし、死んじゃうもん!!」
「じゃあ死にもの狂いでついてくればいいだろ!?」
少年が少女の手を払った。
冷たい反応だが、しかし状況を考えれば彼にも構っている余裕がなかっただけだ。切迫していなければ、彼だって彼女の手を取って走るくらいの配慮はできていただろう。
「ひ、ひどいっ! じゃあいいもんっ、勝手にしがみつくんだからっ!!」
ぴょん、と跳んだ少女が少年の背中にしがみつく。
黄土色の尻尾が少年の太ももに絡みついて――
「あっ、こらくそ! あーじゃあもうそれでいいからちゃんとしがみつけよ!? 振り落とされてもおれは知らないからな!?」
「ぎゅーッッ!!」
「痛い痛いっ!? 爪が首に!!」
首を絞められていないだけマシだが、獣人族の少女の爪はナイフと同じだ。
刃こぼれしているだけで、その爪は少年の肌を傷つける。
無我夢中で必死にしがみつく少女の力を緩ませるためには、少年が出口へ向けて飛び込むしかなかった。
少年は名残惜しそうに恩人の女性を見つめながらも……、地響きと共に(上で女性の部下たちが戦闘しているらしい)崩落が始まった地下室から逃げるために前を向く。
階段を、上がり始めた――――
「やっと騒がしいガキがいったか。あれで最後か? ……心臓の音は、ねえか。っし、全員逃げたみてぇだな」
「き、貴様……!」
「あ? やべ、聞き逃しか。こんなところに動く心臓があるじゃねえか」
「大事な商品を逃がしやがって……このクソアマッッ!!」
「はっはっ、やめろと言いたいわけか? くくっ、なに言ってやがる。あたしは盗賊だぞ? アンタらから商品を奪ってなにか悪いのか?」
ぐ、と歯噛みした商人。
盗賊が商品を奪ったところで、そりゃそうだろうという認識があったのだ。
「通報してみるか? 人身売買は違法だが……あーいや、国によるか。まあ、少なくとも近隣の国じゃあ違法だな。だからこそオマエらも手を出したんだろうがな。辺境の地までいけば合法だぜ? 売れるかどうかは知らんが」
違法だからこそ売れる部分もあるのだ。
「く、クズ、野郎が……!!」
「お互い様だろ、ゴミクズ」
女性の視線が商人の心臓へ向いた。指で弾けば心臓を止めることは容易いが、それが救いになることもあると知っている。
つまり、殺すよりも生かして遊ぶ方が罰となる、とも考えているわけだ。
「さて、アンタを楽にさせる理由もねえな。そうだな……うちの若い、女衆にアンタを売ってやろう。くくっ、女だけが性のための商品になるとは思わないこったな。男には男の使い方があるってもんさ。――残りの一滴まで使ってやるから……喜べよ大特価」
そして、商人は商品と同じように鎖と首輪が繋がった。
彼が持つ鍵では決して解錠できない、強固な契約である。
…つづく
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