第2話 その女子高生、規格外につき

その女子高生、規格外につき①

 かえでが幽霊として私の部屋に居座るようになって、一週間。

 この間で分かったことは、幽霊にも「できること」と「できないこと」があるということだ。

 できないことは当然、何かに直接触れること。

 そして、できることは……。


「えいっ!」

「ちょ、やめてってば!」


 制服に着替えている私のスカートが、ふわりと持ち上がる。

 犯人は、ニヤニヤしながら空中で平泳ぎをしている幼なじみだ。


 かえでの能力できること、それはポルターガイストのように一時的に物を動かすことだった。

 ……ただし、その能力の九割は、私へのちょっかい(主にお風呂場での水鉄砲攻撃や、着替え中の嫌がらせ)に費やされている。


「見た?」

「見てないけど、今日の澪ちゃんのラッキーカラーは青!」

「……やっぱり、お祓いしたほうがいいか」

「……ご、ごめんってば」


 ……と、このようなやり取りを日々繰り返しているが、かえでが悪霊化する気配は微塵も感じられなかった。


 お母さんには、あの日の騒動の翌朝、かえでが憑いていたことを話した。

 お母さんは、まだかえでのことを霊体として視認できていないようだったが、

「かえでちゃんなら安心ね」と、私たちの様子を見守ることに決めたようだった。

 ……それでいいのか、霊媒師。


 しかし、かえでが霊としてこの世をさまよっていることに違いはない。

 それは、かえでがこの世に「未練」や「執着」が持ったまま亡くなった可能性があるということを意味するのだが、本人はのほほんと宙に浮いている。


 出会ったときに『なぜかお墓にいた』と言っていたかえでの言葉を思い出す。

 ひょっとしたらかえで自身も思い出せずに何か悩んでいるのかもしれない。


 「まあ、いつか思い出すでしょ!」


 私の心配も知らず、かえでが呑気に笑う。


  でも、その能天気な声とは裏腹に、私の肩の重さは日に日に増しているような気がした。

  それは単にかえでが太った(?)わけではなく、私の「女難の相」が新しい「何か」を呼び寄せ始めているからだとも知らずに。




 私の通う高校・結ノ原ゆいのはら高校はどちらかというと平均より少し上くらいの偏差値の高校だ。圧倒的な進学校でもなく、芸術分野に秀でた高校というわけでもない、ごく普通のオーソドックスな男女共学校だ。

 

 そういったこともあり、校則違反を繰り返す典型的な不良たちはいない。

 比較的落ち着いた雰囲気のある校風となっている。

 

 しかし、一つだけ避けられないものがあった。

 

 それは、男女共学という環境というゆえの悩みではあるが……。


「なぁ、見た? アイツデカいよな」

「見た見た。やばいよな」

 

 こうした会話が嫌でも耳に入ってきてしまうことだ。

 移動教室へ向かう途中、廊下で横切ろうとしたときに、二人の男子が会話しているのを耳にした。

 男子が「デカい」だの会話することなんて、どうせ胸の話だろう。

 私は内心で毒づきながら、教科書を抱え直す。

 思春期の男子の語彙なんて、悲しいかなそんなものだ。(私もその思春期だが)

 

 けれど、そう思いつつも、自分の胸元に意識がいってしまうのを止められなかった。

 私のサイズは、よく言ってもB


 高校生になれば二次性徴の波に乗れると信じていたが、どうやら私の波はどこか遠い海で消滅してしまったらしい。


「……澪ちゃん、なんか今、すっごく虚しい顔してるよ?」

 

 横から、生前Cカップだった幼なじみの幽霊が、無神経な心配をしてくる。

 絶対に私が考えていることをわかっている表情をニヤニヤと浮かべている。

 家だったら部屋に塩を撒くところだ。


「別に。そんなに騒ぐほどの子っていたっけと思って」

 

 自虐心を紛らわすように、私は男子たちの視線の先、渡り廊下の向こう側を追った。

 瞬間、心臓が跳ねた。


「……は?」


 そこにいたのは、圧倒的な「質量」だった。

 まず目に入ったのは女子の制服を着ていることが信じられないほどの高身長。

 バスケ部やバレー部のエースたちにも引けを取らない……。

 むしろ、その中に混じっても高いほうだ。190センチ以上は確実にある。

 そして、彼女が歩くたびに、制服のブラウスが悲鳴を上げている。

 ボタンがいつ弾け飛んでもおかしくないほどの、暴力的なまでのボリューム。


 いや、でか……。


 漏れそうな声も、驚きのあまり喉の奥に引っ込んでしまった。

 男子たちが騒ぐ理由もわかる。こんなのが現れたら意識せざるを得ない。


 そして、件の彼女がこちらへと近づいてくる。

 近づく度に私の視線はどんどん上へと移動していく。

 いけない、ジロジロ見るのはさすがに失礼だ。

 私が視線を落とそうとしたその時だった。


「澪ちゃんこの子とっても美人さんだよ! お肌も透明感あって……ツヤツヤ!」

「うわ、ちょっと?!?!」

 

 かえでが彼女の視線の高さと合う場所まで浮き、じーっと真正面から見ていた。

 思わず声を出してしまった結果、彼女が歩みを止め見下ろすようにこちらを見てくる。

「あ、ど、どうも……」

「…………」

 

 視線の圧に耐え切れず、ごまかすように私は会釈をする。非常に苦しい。

 こんなすれ違いざまに大声を出すなんてよっぽと失礼な人間にしか映らない。

 多少の𠮟りも覚悟していた。

 しかし、彼女は私に何も言わずただ私と同じように会釈をしてその場を歩いていった。


 「……ねぇ澪ちゃん。あの子、ただの美人ってだけじゃない気がするんだけど」

 

 かえでの言葉に、私は深くため息をつく。

 確かに、すれ違った瞬間のあの圧倒的な威圧感は、ただの女子高生のそれではない。

 かえでの言葉を肯定するように、私の背筋にはどこか冷たい感覚がこびりついていた。

 

  彼女が去った廊下には、日向にあるはずのない古い蔵のような湿った匂いが、澱みのように残っている。


 ――「ぽぽ……」


 幻聴だろうか。

 

  遠ざかる彼女の足音に混じって、鳥の鳴き声のような、妙な機械音のような音が聞こえた気がした。

 






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2025年12月30日 19:00

迫る怪異は百合でぜんぶ祓おうと思います 千秋 パル @senparu63

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