女子高生、初日から幽霊と同棲することになりました③

「……やっと目開けた! もう、澪ちゃんビビりすぎ」


 不満げに頬を膨らませるその仕草。

 あまりに「あの頃」のかえでに、私はようやく固まっていた呼吸を吐き出した。


「……か、え、で? なんで、ここに」


 私の反応にかえでがぱぁっと笑顔を見せた。

 そして、宙に浮かび、ふふん、と鼻を鳴らしながら私の真上へと移動する。


「昨日かな? 気づいたらお墓の前にいて。ぜんっぜん動けなかったんだけど、今日、都合よく澪ちゃんがお墓参りに来てくれたから。一緒に行きたい! って思ったら動けて……みたいな?」


 さらりと言ってのけるかえで。

 どうやら、あの「肩の重さ」の正体は、物理的に幼なじみの幽霊がぶら下がっていたからだったらしい。


「じゃあ、お風呂場でのアレは?」

「ちょっと驚かせようかと」

 

 「」という言葉に私の中で張り詰めていたものがぷつんと音を立てた。


「あれで、ちょっと……? 明らかに寿命縮むかと思ったけど?」

「あはは! ごめんごめん、あたしもまだ力の使い方わかってなくて」


 私は怒りに任せて身を起こそうとした。

 けれど、まだ金縛りの余韻があるのか、腰のあたりに妙な力が入りきらない。  

 ……というか。なんだろう、この。

 下半身がじわじわと温かくて、それでいてスースーするような、形容しがたい違和感は。

 

 私が感じている違和感なんて気にせず、かえでがニコニコこちらを見つめている。


「な、なに?」

「今したいことしていい?」


 今度はなんだと言うのだろうか。まさか実はかえでは悪霊になっていて恨みを晴らそうとしている……?

 私が返答に困っているとかえでが「行くよー!」と言って手を広げそのまま私にダイブしてきた。


「うわぁ!?」


 当然、幽体のかえでは私の身体をスルー。ベッドの底まですり抜けていった。

 痛みなんて感じないくせに「ふぎゃっ」となぜか声を出すかえで。

 そのままフワフワとまた戻ってきて、私の枕元へと立った。


「ハグ、したかったんだけどやっぱりダメか~」

「……当たり前でしょ。幽霊なんだから」


 残念そうに唇を尖らせるかえでを見て、少しだけ胸が痛んだ。

 ――触れられない。

 それは、彼女がもうこの世の人ではないという、残酷な事実の再確認だった。

 当然だが、幽霊と会話をしたことがなく、どう声をかけるべきかなんてすぐに思い浮かぶわけがなかった。

 

 私が気まずさに黙り込み、言葉を探している間に、さっきから感じていた違和感が、無視できないレベルまで主張を始めていた。


 ……温かい。


 しかも、さっきよりはっきりと。

 さすがにここまでのレベルだと勘違いとも思えなかった。

 意識もハッキリしてきたのか、手も、指もしっかりと動かせるようになっていた。

 私は恐る恐る布団を捲ると、自分の胸元から中へ、視線をゆっくりと落とす。


「…………」


 暗がりでも分かる程度に、シーツの色が微妙に変わっている。

 いや、違う。色というより、「範囲」だった。

 腰の下あたりから、じわっと。

 思考が、完全に停止した。


「………………」


 数秒遅れて、現実が追いつく。

 ――あ。

 ――あ、あ、あ。

 その瞬間。


「……あれ?」


 かえでが、首をかしげた。

 透けた顔を私の腰のあたりに近づけ、ふむ、と考え込む。


「なんか……湿ってない?」


 やめて。

 やめてやめてやめて。


「えーっと……澪ちゃん? これって――」

「言わないでぇぇぇぇぇ!!!!!」


 自分でも出したことのない大声が、深夜の部屋に炸裂した。

 次の瞬間、私は跳ね起きた……が、時すでに遅い。

 ベッドの感触が、完全にアウトを告げている。


「え、え、待って待って!? あたしのせい?!」

「とりあえず黙って! お願いだから!!」


 顔が一気に熱くなる。

 耳まで真っ赤なのが、自分でも分かる。

 かえでは一瞬きょとんとしたあと、ぷるぷると肩を震わせ――


「……ぷっ」

 ついに笑いだしてしまった。


「笑わないで!!」

「だ、だって……ごめん……ごめんだけど……っ」

「……成仏させる。今すぐ」

「ごめんなさい。本当に勘弁してください。もう少し居させてください」


 必死に両手を合わせて謝る幽霊(自業自得)と、濡れたシーツの上で絶望に暮れる女子高生。

 あのお葬式の日の私が見たら、間違いなく寝込むレベルの光景がそこにはあった。

 ……重い。

 肩の重さはなくなったけれど、その代わりに、とてつもなく重い「秘密」と「幼なじみ」を抱え込んでしまった。


「……こんなはずじゃなかったんだけどな」


 私は小さくため息をつき、まだ笑いを堪えきれていないかえでを睨みつけた。  

 でも、不思議と嫌な心地はしなかった。

 あの頃のようにまたかえでと軽口をたたくことができる。

 その事実が今の私の心の隙間を、少しずつ埋め始めていた。


「澪ちゃん」

「なに?」

「……いつまでかはわからないけど、これからもまた一緒だね」


 私の高校生活は、この可愛くて死ぬほど「重い」幽霊とともに、幕を開けてしまった。


——————————

【あとがき】

ここまでお読みいただいた皆様ありがとうございます。

今回は1話の為、一気に投稿させていただきましたがこのように更新するのは今回限りで次回以降はこまめに更新していく予定です。


何卒よろしくお願いします。

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