太陽の下で、走り続ける

イミハ

太陽の下で、走り続ける

 朝、駅前の交差点で信号を待っていると、

 ふと空を見上げてしまう癖がついた。

 雲がなければ、太陽は眩しすぎるくらいだ。

 夏でも、冬でも、それは変わらない。

 日和は、この光を浴びることができなかった。

 そう思うと、胸の奥が少しだけ重くなる。

 ――今日も、俺はここにいる。

 営業先へ向かう途中、スーツの背中に汗が滲む。

 以前なら不快で仕方なかった感覚だ。

 今は、悪くない。

 生きている証拠みたいだと思える。

 会社は変わった。

 ブラックだった前の職場を辞め、

 今は小さな会社で、数字に追われながらも、

 最低限の尊厳を保って働いている。

 怒鳴られることはない。

 だからといって、評価されるわけでもない。

 それでいい、と最近は思える。

 昼休み、コンビニの前で缶コーヒーを飲みながら、

 無意識に窓を探してしまう。

 ここから誰かが、俺を見ている気がして。

 もちろん、そんな人はいない。

 でも、あの屋敷の窓辺で、

 毎晩、俺の帰りを待っていた少女を、

 俺は忘れられない。

 「代わりに生きてください」

 あの言葉は、

 呪いみたいに重くて、

 同時に、救いだった。

 最初は、ただ走っていただけだ。

 立ち止まったら、全部が無駄になる気がして。

 でも、最近は違う。

 疲れたら、立ち止まる。

 失敗したら、ため息をつく。

 泣きたくなったら、ちゃんと泣く。

 それでも、翌朝には外に出る。

 それが、日和に託された人生を、

 少しずつ「俺の人生」にしていく方法だと思うから。

 夕方、ビルの影が長く伸びる時間帯。

 空はオレンジ色に染まり、

 太陽が、ゆっくりと沈んでいく。

 俺は立ち止まり、

 その光を、真正面から受け止めた。

 目が痛くなるほど眩しい。

 それでも、目を逸らさない。

 「……見てるか?」

 小さく呟くと、風がスーツの裾を揺らした。

 返事はない。

 それでいい。

 これは、俺の人生だ。

 でも、確かに、彼女から始まった人生でもある。

 オサムは、また歩き出す。

 太陽の下で。

 走り続けるために。

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太陽の下で、走り続ける イミハ @imia3341

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