1話後編 管理者本当にポンコツ 

目を覚ますと、そこは病院だった。


 白い天井。規則正しい機械音。

 体を起こすと、さっきまであった頭痛は嘘みたいに消えている。


 ――あれ?


 指先を見ると、そこには見覚えのある指輪がはまっていた。


 「……短時間で起きすぎると、逆に驚かなくなるもんだな」


 ぼそっと呟いたその時、ドアの向こうから話し声が聞こえてきた。


 「透貴はもう大丈夫なの?」

 「えぇ、お医者様からは立ち眩みとのことです」


 聞き覚えのある声だ。

 瑠花と――執事の結城さんだろう。


 瑠花の声を聞いた瞬間、胸の奥がふっと軽くなる。


 理由は単純だ。

 彼女が生きていることを、確かめられたから。


 ただ……不思議でもあった。


 亡くなる直前の瑠花は、こんな柔らかい声じゃなかった。

 小学生の頃の印象とも違うし、もっとこう……ツンツンしていたはずだ。


 そう考えていると――


 ガチャッ。


 「そんなの関係な――あ、起きてるじゃない」


 ドアを開けるなり、唐突すぎる登場。


 「透貴様、大丈夫でございますか?」

 「あぁ、大丈夫」


 そう答えると、結城さんはほっとしたように微笑んでから言った。


 「では、早速奥様にご連絡をしてまいりますね」


 ……嬉しそうに、という表現が一番しっくりくる足取りで外へ出て行った。


 残された病室で、瑠花が一気に距離を詰めてくる。


 「本当に大丈夫なの?」


 近い。

 正直、十年以上前の記憶しかないせいで距離感がバグっている。


 そう思った次の瞬間――


 「例の件、うまくいったわ」


 耳元で囁かれた。


 「……例の件?」

 「そう、例の件」


 意味深に笑いながら、ぎゅっと手を握られる。


 ――いや待て待て待て。


 そのタイミングでドアが再び開いた。


 「お嬢様、康朗様からお電話です」


 「わかったわ。またあとでね」


 少しイライラした様子で、瑠花は病室を出ていった。


 残された俺は、天井を見上げる。


 「……まるで台風だね」


 「だよね」


 声がして振り向くと、そこには――マキ。


 「おぉマキ、今までどこにいたんだ?」

 「ずっと透明で、そばにいたけど?」


 「なんでもありだな……」

 「神使ですから」


 自信満々に答えながら、しっぽをぶんぶん振っている。


 ……可愛い。

 いや、可愛いけど今はそれどころじゃない。


 「そういえばさ」

 マキが首をかしげる。


 「康朗って誰?」

 「あー、康朗さんは僕の“いとこおじ”だよ」

 「それって……瑠花って」

 「僕のはとこになるね」


 マキは一瞬フリーズした。


 「……濃い家系図だね」


 「元々はね、康朗おじいさんと清道おじいさんの会社は1つだったんだ」


 曽祖父の浩二郎が、それを2つに分けた。

 武蔵鉄道中心の武蔵グループ。

 百貨店中心のセイズングループ。


 「でも僕の世界では、瑠花が亡くなって色々あってさ……セイズングループに引き取られたんだよ」

 「ふむふむ」

 「で、鉄道側が仮名株やってて潰された」


 「重っ」

 「軽く言ってるけどね」


 マキは腕を組んで考え込む。


 「じゃあ君、瑠花と付き合うの?」

 「いや、それはないかな」

 「結婚できるけど?」

 「できるけど、考えてない」

 「この世界滅茶苦茶かも」

 マキが小さくに言った希ガスる。


 「ただ、家族として楽しく過ごしたいだけだよ」


 「……なるほどね」


 そのタイミングで、瑠花が戻ってきた。


 「今から例の件を話しに来いって」

 「だから例の件って……」

 「忘れたの? 結婚の話よ」

 「え?」


 ――世界変わりすぎだろ。



 退院後、そのまま康朗さんの家に向かう――はずだった。


 「……なんで飛行機に乗ってるんですかね」


 「だって実家に帰るんだもの。プライベートジェット以外ありえないでしょ?」


 ……はい?


 「どういうことなの、マキ」

 「前の世界だと、武蔵航洋のヘリくらいしかなかったよね?」


 そう言うと、マキは「ちょっと待ってね」と言って目を閉じた。


 次の瞬間、神々しい光。


 「……わかった」


 戻ってきたマキは、なぜか面倒くさそうな顔をしていた。


 「どこから話せばいいかわからないんだけど」

 「管理人のミス?」

 「うん」

 「……だよね」


 大きくため息をつくマキ。


 「神様が、また間違えたみたい」

 「またか」



 マキの説明を要約すると、こうだ。


 瑠花の性格が違うのは、世界の分岐点が前回と大きくズレたから。


 今回の分岐は――


 「1907年。伊藤博文が死亡した世界線」

 「……百年以上前じゃん」


 「IF世界的には誤差だよ」


 さらにマキは、さらっと爆弾を投下する。


 「前調査でね。君の世界で三代目大統領のトーマス・ジェファーソンが、ヴァージニア副総督になってた世界線もあった」

 「どうしてそうなった」


 「13植民地が独立戦争を起こさなかったから」

 「……え?」


 「自治権を拡大しただけで、イギリスの覇権国家が続いた世界」


 「小さな違いが連鎖して、自然に生まれるのがIF世界だから」

 「同じ世界なんて1つもないんだよ」


 そして。


 伊藤博文が亡くなり、1908年に併合が起き、

 皇民化教育が本格化し、

 色々あって――


 「日本が世界一の経済大国になりました」

 「端折りすぎだろ!!」

 ※詳しくは次回書きます。




  結局のところ、瑠花がやたらと積極的な理由は――


 「うん、多分だけどさ。バタフライエフェクトで積極的になった、って感じかな」


 「……まじか」

 「まじまじ」


 二人そろって、若干苦笑いのまま会話が続く。


 「でもさ、性格そのものは変わってないみたいだよ」

 「なんでそんな断言できるんだよ」

 「僕、神使だよ?」

 「それ便利すぎだろ」


 ……周りから見たら、完全に壁と会話してる人だよな、これ。


 「なぁマキ。もしかして僕も透明になってたりしない?」

 「そんなこと言われてないし……やってないよ!」


 珍しく焦った声。

 しっぽもぴんと立っている。


 「あぁ、ごめん。ちょっと考え事しててさ」

 「そっか……。あ、そういえばさ」


 マキが少し声を潜める。


 「みんなには“記憶喪失”って言ってあるけど……大丈夫?」

 「……え?」


 どういうことだ?


 そう思った瞬間――


 「そうなんだよ。でも瑠花が助けてくれるんだろ?」


 ――自分の声が、聞こえた。


 「もちろん」


 別の方向から、瑠花の声。


 「……は?」


 首を振りながら周囲を見渡すと、少し離れたところで“俺”が普通に会話している。


 その横で、見覚えのある小さな影。


 「……マキ」


 透明になってるマキが、ぺこっと頭を下げた。


 「ごめん……」

 「説明しろ」


 マキはしっぽをへにゃっと下げて言った。


 「神様がね、君の記憶の“定着”にちょっと失敗したみたいで……」

 「ちょっと?」

 「だから、みんなには“事故で記憶喪失”ってことにしたの」


 「……それも神使の力?」

 「うん」


 しょんぼりした様子。

 しっぽも完全に元気がない。


 ……くそ。


 「まぁ、瑠花が助けてくれるならいいけどさ」

 「……怒ってない?」

 「怒ってたら、もうちょい声荒げてる」


 マキは少し安心したように顔を上げた。


 「ただし」

 「ひゃい」


 「次から、僕が知らないうちに“設定”変える時は、ちゃんと報告しろよ」

 「うん!」


 一気にしっぽが元気を取り戻し、ぶんぶん振られる。


 ……分かりやすすぎだろ。


 マキがしっぽを振っているのを見ながら、俺は一つ決めた。


 ――この子が、管理人の神使だってこと。

 ――世界の裏側を知ってる存在だってこと。


 絶対に、忘れない。


 そう思いながら、そっとマキの頭を撫でる。


 「ひゃっ……!」

 「お前、そういうリアクションするよな」

 「だって……!」


 その時。


 「透貴?」


 瑠花の声が、すぐ近くで聞こえた。


 振り向くと、こちらをじっと見ている。


 「……どうしたの?」

 「いや……なんでもない」


 笑ってごまかすと、瑠花は一瞬だけ不思議そうな顔をして――


 そして、柔らかく微笑った。


 「じゃあ、行こっか」

 「どこに?」

 「決まってるでしょ」


 そう言って、俺の手を取る。


 「――“例の件”の続きよ」


 ……逃げ道、ないよな。


 俺はマキを見る。


 マキは、にやっとした顔で親指を立てた。


 「がんばれ、未来の旦那様」

 「おい」


 こうして

 記憶喪失(仮)**の俺と、やたら距離が近いはとこと、だいたい全部知ってる神使による、


 とんでもなくややこしい日常が、本格的に始まったのだった。

 

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次の更新予定

2025年12月30日 12:00

IFの書・記憶喪失の僕と、バタフライエフェクトで積極的になった幼なじみと変わった世界 桜花 @vonOhka

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