第四章 市杵島姫命との同一視——神仏習合の典型

■宗像三女神の一柱


 弁財天の習合は、蛇神・宇賀神だけにとどまらない。日本神話の女神・市杵島姫命いちきしまひめのみこととも同一視された。

 市杵島姫命は、宗像三女神の一柱である。

 『古事記』『日本書紀』によれば、天照大神と素戔嗚尊が高天原で誓約うけいを行った際、素戔嗚尊の剣から三柱の女神が生まれた。多紀理毘売命たきりびめのみこと市寸島比売命いちきしまひめのみこと多岐都比売命たきつひめのみことの三姉妹である。

 この三女神は、福岡県の宗像大社に祀られている。沖ノ島の沖津宮に田心姫神、大島の中津宮に湍津姫神、本土の辺津宮に市杵島姫神が鎮座する。古来、海上交通の要衝を守護する神々として崇敬されてきた。



■共通点——水と島と女神


 市杵島姫命と弁財天の同一視は、両者の共通点に基づく。

 第一に、ともに水と関わる女神である。弁財天の原型サラスヴァティーは河川の神。市杵島姫命は海の神。水という点で両者は重なる。

 第二に、ともに島に祀られる。『金光明最勝王経』には、弁才天が「川辺に居住する」と記されている。そこから、弁財天は川・湖・池の辺、あるいは島に祀られるようになった。市杵島姫命もまた、沖ノ島・大島・厳島など、島に祀られる神である。「市杵島」という名前自体が「斎き島いつきしま」(神聖な島)を意味するという説もある。

 第三に、ともに女神である。七福神の中で弁財天は唯一の女神であり、宗像三女神もまた女神である。女性神格という点での親和性がある。

 これらの共通点から、神仏習合の時代に弁財天と市杵島姫命は同一視されるようになった。本地垂迹説においては、弁財天(仏)が市杵島姫命(神)の「本地」(本来の姿)であるとされた。



■厳島神社と江島神社


 この同一視を最もよく示すのが、厳島神社(広島県)と江島神社(神奈川県)である。

 厳島神社は、瀬戸内海に浮かぶ厳島(宮島)に鎮座する。祭神は宗像三女神で、市杵島姫命が主神とされることが多い。海上に立つ大鳥居で知られるこの神社は、古来「厳島弁天」とも呼ばれた。隣接する大願寺は「日本三大弁財天」の一つに数えられ、秘仏の八臂弁才天像を安置している。

 江島神社は、相模湾に浮かぶ江の島に鎮座する。こちらも祭神は宗像三女神である。江の島弁天として古くから信仰を集め、裸形の八臂弁才天像(重要文化財)が有名である。

 両社とも、明治の神仏分離以前は「弁財天を祀る社」として認識されていた。神社でありながら仏教の天部を祀る——この一見矛盾した状態が、神仏習合の時代には当然のこととして受け入れられていたのだ。



■五頭龍伝説——江の島の弁天と龍


 弁財天と市杵島姫命の習合を示す興味深い伝説が、江の島に伝わる。

 鎌倉の深沢には、かつて五つの頭を持つ龍が棲んでいた。この五頭龍は、子どもを食べ、火を吹いて作物を焼き、天災を起こして人々を苦しめていた。

 あるとき、海が鳴動し、波が吹き上がり、海中から一つの島が現れた。それが江の島である。島には天女が降り立った。弁財天である。

 五頭龍は弁財天の美しさに心を奪われ、求婚した。弁財天は「悪行を改めるなら」と条件をつけ、龍はこれを受け入れた。改心した五頭龍は山と化し、今の龍口山になったという。

 この伝説には、弁財天と龍(蛇)の結びつきが表れている。龍は蛇の延長線上にある存在であり、水神でもある。弁財天が龍を従える(あるいは結婚する)という物語は、宇賀神との習合と同じ構造を持っている。

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