【完結】異世界転移した変身ヒーロー、正義のポーズが「不審者の煽り」と誤解され通報される~なお、必殺技の火力のせいでヒロインは破産した模様~

希和(まれかず)

ヒーローの掟は、異世界の非常識。

 ここは、大陸のはずれにある辺境の町。


 町の周りをぐるりと壁で囲み、唯一出入りできる門は一つだけ。この世界では当たり前で、さして珍しくもない造りの町だった。

 

 空は青く、かすかに浮かぶ雲。そんな中、太陽は、真上から人々を見下ろしていた。だからだろうか、門から入った広場には、活気が溢れていた。


 昼食をとるために食堂へ向かうカップル。遅い昼食の食材を買う母親と子供。旅の記念にと土産を物色する商人。そんな思い思いに動き回る人々を呼び込むために商売人たちが、気炎を上げていた。「らっしゃーせー」である。


 そこには地球と変わらぬ日常があった。人の営みがあったのだ。


 一方……。


 町の門から、しばらく行くと、広場を一望できるところに一本の木があった。

 その根元に、「白い全身鎧のようなモノ」を着た「人物」が、なぜか膝を抱えて、座り込んでいた。

 まったく動かない。

 そして、それは町の人々とは、あまりにも対照的だった。


 珍しくもない町に、この世界で唯一の――珍妙な――存在があったのだ。



 補足しよう。


「白い全身鎧のようなモノ」 


 全身鎧とは、言葉のとおり頭からつま先まで装甲で覆っていて、一人で脱着はできず、万が一、転んだら起き上がることもできないような代物である。

 分類としては、各関節部に可動を補助するための仕掛けを付け防御力を強化したもの、関節部のみ装甲がなく、防御力よりも機動性を重視したものがポピュラーだろう。


 目に映るそれは、体の重要な部分のみを装甲で保護し、それ以外を上質な布のようなもので覆っていた。

 だから、先で言うところの後者の全身鎧に該当すると判断したのだ。

 さらに言うならば、白に統一されたそれは、遠目に見ると、完全な全身鎧にも見えなくもなかった。


 だから、「白い全身鎧のようなモノ」


 所々に宝石のような装飾があり、どことなく気品を感じさせるそれは、有名なおとぎ話に出てくる「白騎士」を彷彿させた。


 が、そんなものに憧れるのは、子供ぐらいのものである。そのような格好は、いい大人であれば、絶対しない。


 だから、周囲の人にとっては、おとぎ話から抜け出したようなその全身鎧に一瞬、興味を持つが、決して自分から近づくようなリスクを冒すことはなかった。


 

「人物」 


 全身鎧のようなモノは全身、つまり、頭や胸周りも装甲で覆っていた。

 男女の判別を容易に行う部分が隠れてしまっているため、当然ながら、そこから男女を確認することはできない。だから、「人物」と呼称したのである。



 しかし、「私」は……。


 いや、我々は、知っている!


 彼こそ、地球の平和を守るため、「邪悪帝国ジャ・アーク」と戦い続けた変身ヒーロー『正義戦士 ジャスティス』、その人だということを!



 ……


 …………



 その人だということを!!



 ……


 ?



 どうやら、スーツに内蔵されている「ナレーション機能」がうまく動作しないようだ。


 まさか、壊れたのか?

 それならば、前代未聞の大事件である。「ナレーション機能」は、ヒーロースーツが大破した際も唯一壊れなかったのだ。

 まさか、そんなことがあろうとは……。


 しかし、使えないものは仕方ない。こっちはこっちで、勝手に続けることにしよう。


 むしろ、彼に聞こえないのなら好都合というもの。

 ここからは、ナレーションを担当している「私」の主観を若干盛り込んでも文句は言われないだろう。


 なにせ、聞こえないのだから。いわゆる独りごと、ということになる。

 中年男の独りごと。低く渋い声を意識してみよう。


 実は、もうじきオーディションがあるのだ。たしか、そんなイメージのキャラだった。


 常に研鑽を忘れない。それが「私」のポリシーなのだ。



 ◇ ◇ ◇



 はーっ、とため息がジャスティスから漏れる。


(まだ来ないのか? いつまで待てばいいんだよ……ラボに帰りたい。お腹すいた。肉、食いたい。シャワー浴びたい。ゴロゴロしたい。寝たい……)


 かなり俗物的なヒーローの心の声が聞こえた。


 スーツの「プライバシー・ゼロ機能」が正常に動作している証左だ。


 いやはや、今更ではあるが酷い機能だ。これでは、道行く女性を見て、「×××××ー!」なんて考えた日には、目も当てられない。


 即時、関係各位にダダ洩れとなり、平和になったら毎日のように、このネタで強請ゆすられてしまう。

 ヒーローでなくて本当に良かった、と俗物的な存在である「私」は思った。


 しかし、どうか彼を責めないでいただきたい。

 彼は数時間前に「邪悪帝国ジャ・アーク」の最高幹部「アーク将軍」との激戦を終えたばかりだったのだ。


 アーク将軍が事切れると、大爆発が起こり、その跡には最終決戦へと誘う「異界ワープホール」が現れていた。


 本来なら、宿敵『悪魔帝ジャ・アーク』のところにたどり着くはずの「穴」は、何故かファンタジー異世界へと繋がっていた。


 まさか得体の知れない世界で、何時間も過ごすことになるとは、考えもしなかったのである。


 ◇ ◇ ◇


 なお、不可思議な現象に、残念ながら「神」の介入はなかった。


 「私」としては、この世界の「女神」を名乗る存在が、待ってましたとシャシャリ出て、やれ、イレギュラーだの、想定外だのと喚き散らし、かつ、きわどい格好して彼を誘惑した後に「チート」と呼ばれる能力を押し付けるんだろうな、なんて思っていたのだが……。


 来なかった。


 なぜか来なかった!


 そのせいで、「チート」「ハーレム」ルートは、消滅してしまった。


 「ファンタジー」「異世界転移」と来て、「チート」「ハーレム要素」がない作品なんて、誰が読もうか?

 読むわけがないのだ。断言できる。

 でなければ、世の中にそんな作品が溢れ返る訳がない。


 なお、前述の内容については、あくまでナレーションを担当している「私」が趣味のラノベやWeb小説を読みまくった上での主観だ。

 仕事のうえで、ラノベやらは結構重要なのである。

 趣味と実益を兼ねる。それも「私」のポリシーだ。


 閑話休題。


 ◇ ◇ ◇


 いつ、『悪魔帝ジャ・アーク』が襲ってくるか分からない。そう思った彼は、即座に最低限の仕事をこなした。


 町外にて、有視界距離に敵がいないことが分かると、すぐさまスーツの索敵機能を使う。索敵半径は、500km。センサーに一切の反応はなかった。


 500kmと言えば、おおよそ東京から京都ぐらいの距離だろう。そんな広域を索敵できてしまうことに驚きを隠しきれないが、はっきり言って無駄な機能だ。


 万が一、反応があったとして、そこへ向かえとでも言うのだろうか? 移動中に対象が動いたらどうするのだ。まさか、また索敵? エネルギーを無駄にして? 

 イタチゴッコという言葉が頭に浮かぶ。

 まさに無駄機能だ。


 そんな機能を付けるなら、その労力を他に回してほしかった。

 例えば、今まで一度も壊れなかった「ナレーション機能」の防御力強化とか……。



 『え? この世界に「邪悪帝国ジャ・アーク」が存在してるか? だって、出て来ちゃったら、短編完結にできなくない? え、できる? でも、続き書く気ないし、さすがにそれは無いかなー』


 ……なんかヤバいヤツの声が聞こえてきた。違う方の『神』が来やがった。


 「私」は今、切実に、思っている。


 この情報を、すぐにでも彼に伝えることができたらな、と。

 

 とっさの思い付きで「私たち」を振り回さないで欲しいものだね、と。

 若干の愚痴と乾いた笑い、ダンディズムにあふれる雰囲気を添えた上で……。




 そんな無駄機能で一時的な安心を買った彼は、代償として、変身エネルギーを差し出すことになった。

 この世界にいる限り、二度と増えることがないというのに……。


 この世界は、地球とは異なる。当然、この世界では変身エネルギーの補充はできない。


 雷の魔法を受けて、エネルギーチャージできるかも? なんていう安直な展開は、短編でやるネタでは無し。

 むしろ長編で見たら、即フォロー外すわ! なネタだと「私」は思う。


 彼もヒーローとして、それに近しいことを感じたのだろうか。


(索敵機能は使わずに何とかしないと…… いざという時に、戦えない)


 全然、考えていなかった。至極もっともな理由だった。ごめんね?


 町の中をキョロキョロ見回し、お上りさんよろしく歩き回る「白い全身鎧のようなモノ」。

 町中に現れた「白い不審者」に怪訝な表情を向けながら、遠巻きに警戒する町の住人たち。


 しばらくして、広場と門を監視できる木をじっと見つめる「白い不審者」。

 それを見て、住人たちも安堵した。あの木のそばにいる「白いの」に、とりあえず近づかなければいいか。できたら、その足で町から立ち去ってほしかったけど。


 その後、動きを最小限に抑えるために、そして、なるべくなら目立たないようにするためには、どのようなポーズが最適か? なんて、自問自答を心の中で繰り返しながらモゾモゾし始める「白いの」。

 モゾモゾ動くんじゃねーよ! 視界の中で動くと気になるんだよ! と辟易する住人たち。


 確かに、「私」も白い物体が視界で動くと、どうしても目で追ってしまう。風が強い日なんかは、特にそうだ。

 いや、白だけでなく、黒でも赤でも水色でも気になるのだが……。



 かすかに浮かぶ雲は、自分に似た「白いの」が、この世界に現れてから、木の根元で体育座り、もしくは三角座り、安座とも呼ばれる体勢に落ち着くまで、少しも動かずに見守っていたのだった。



 

 ◇ ◇ ◇



 「正義まさよし まもる


 それが彼の名前だ。十二歳の頃に両親やクラスメートを殺され復讐のために生きてきた男。そう、戦士の名前なのだ!


 「私」は、唐突な男。

 ただ、それだけだ。


 本当の理由は、木の根元にいる「白いの」……いや、ジャスティスの身じろぎする気配を察知したからだ。


 申し訳ない。「私」は嘘をついた。気配を察知したのではない、チョロチョロしたので、目で追ってしまったのだ。

 視界の中を白いのがチョロチョロすると気が散るという住人の指摘は、あながち間違っていなかった。


 それほど、何もすることがなかった。

 特筆するような動きがなかった。

 暇なので『神』から渡された、薄っぺらいこの世界の用語集を三回も読み直した。

  

 よって、ボーっとしてしまっていたのだ。ウトウトしていたのだ。プロ失格である。


 そして、「白いの」が布ではなく金属の質感を持ったものであると気づくと、思わず舌打ちをしてしまった。お前かよ……。


 すると急に変化が現れた。「私」が舌打ちしたせいではないだろうが、まさに今、ジャスティスの体が小刻みに震え始めてしまったのだ。


 それを見た途端、「いや、仕事してますよ?」というアピールを誰かにしなくてはいけない、そんな気がしたのだ。

 ただ、それだけのことだった。

 サボリ、良くない。そういうことだ。


 しかし、まさか、泣くのではあるまいか!? 

 今のタイミングだと、まるで「私」の舌打ちが原因のように思われてしまうではないか!


 それは、何としても阻止したい。

 ヒーローを舌打ち一つで泣かせるナレーターとか、それこそ前代未聞だ。

 次のヒーローのオファーが「私」に来てしまうではないか! それは勘弁願いたい。


 なぜなら、「私」は、オーディションで役を勝ち取りたいのだ。それが「私」のポリシーだからだ。


 ……決して、「プライバシー・ゼロ機能」が怖いからではない。本当だ。本当なのだ。だから、オファーはやめてください! お願いします!


 

 ……泣いたらダメだ。君は変身ヒーローだろう? 人前では、弱さを見せず、人々を勇気付け、一人の時に泣くのだ。ここは人が多すぎる。そうだろう?


 どこかで聞いたことがあるような臭いセリフを彼に投げかける。

 しかし、「ナレーション機能」は、相変わらず沈黙中だ。

 結果、ただの臭い中年が取り残された。


 ほら、頑張って! もう少し!

 ……無理? やっぱり、無理?


 やっぱりダメだったのは「私」だった。

 次のオーディションで受ける役が言いそうなセリフは、一つで打ち止めだ。

 ほかには何も思い浮かばない。つい素で話しかけてしまった。

 なんて薄っぺらいんだ、「私」というやつは……。


 なお、彼は、空腹と睡眠不足とで、少し「マズイ」ことになっている。

 彼の視界の先にある串焼き屋が、主な原因だ。


 正確を記すならば、煙と匂いだ。

 空腹時にこれはキツイ。

 お祭りの屋台でたいして旨くもなく、それでいて割高な串焼き肉を何故か毎回、買ってしまう「私」には分かる。

 あれは、「ジャ・アーク」の兵器なんではないだろうか? きっと、そうに違いない。


 彼もそう思ったのか、行動を起こすことに決めたらしい。


 センサーで風の向きを計算すると、ほんの少しだけ座る位置を変えた。

 煙のおかげで「白いの」が「若干、灰色いの」になった。

 続いて「嗅覚増強機能」をMAXにする「若干、灰色いの」。



 何しちゃってるの?? また無駄機能の無駄使い!?



 本来、残された怪人の臭いを探知し、追跡をするという警察犬いらずの機能を、焼き肉の匂いを満喫するためだけに使用しているのだ。

 当然、変身エネルギーの消費は、増える。


 しかし、「私」は止められない。伝えるすべがないのだから。


 肉の焼ける匂いを嗅ぎながらヌフヌフと悦に浸るヒーロー。きっと、スーツの中では涎を垂らしているんだろう。

 そんなシュールな光景を見ながら、「私」は、帰りにコンビニで焼き鳥を買って帰ろう、と心に決めたのだった。


 なお、「プライバシー・ゼロ機能」で伝わって来た「マズイ」内容は、「私」の一存により、オフマイクとさせていただいていることを補足しておく。


 ……だって、本当に可哀そうなことになっていた。

 最初は、まさかヒーローにあるまじき行為をするのか? とも思ったが、現在では、人の尊厳とか全くなくなっている。

 「私」のポリシーを曲げてしまうぐらいに……。


 だから、平にご容赦願いたい。



 ◇ ◇ ◇



 キャーーッ!?


 突如、助けを求める女性の声が広場に響く。

 町の入り口の方を「何事か!?」と伺う人々。

 そして、時を同じくして、広場を駆け抜ける一筋の白い閃光が。


 逃げてきた女性をかばうようにして、敵に立ちふさがるのは、我らがヒーロー「ジャスティス」だった。


 やはり、ヒーローたるや、こうでなくてはならない。

 焼肉の匂いで愉悦に浸っていた人物とは思えないほど、カッコイイ。



「出たな、ジャ・アークの怪人。この人を傷つけることは、ジャスティスが許さない!」


 手を無意味に動かしながら、カッコいいポーズを時々とって、口上を述べる。

 さっそく出たぞ。「掟」だ!



 補足しよう。ヒーローには、「掟」と書いて、「お約束」と読むものが存在する。


 彼は五年にもおよぶ特訓により、いついかなるときも、その「掟」に沿った行動を取れるのだ。


 今回の「掟」は、手を無意味に動かしながら、カッコいいポーズを時々とって、口上を述べる、である。



「さあ、早く逃げるんだ!」 


 女性の方を向き、さあ↓早く↑逃げるんだ!↑↓と首をいちいちオーバーに動かすジャスティス。

 しゃべるときは無意味な頷きを忘れない。


 フルフェイスだと顔の表情や口の動きが見えず、回りから何をしているのか分からないので、こうやって「話してますよ」アピールをしなくてはならない。


 これもヒーローの「掟」だ。なお、たまにセリフに合わせて目が光るタイプも存在する。


 彼女は、こちらを見て頷く「白い不審者」が、なぜ頷いているのか理解はできなかった。

 が、とりあえず逃げよう。こいつからも逃げよう、と思ったらしく、なにも言わず、町中へと消えていった。


 そう。ここの世界と地球とは、言語が異なる。当然、二人のコミュニケーションは、一方通行になる。だが、ジャスティスにそんなことは関係なかった。



 助けを求める人を助ける。


 ヒーローとして、当たり前の行動だったのである。



 そのあと、両手を上げ、手を振り、辺りで何事かと見守る住人の意識を一身に集める。

 視線が集まるのを確認すると、その手を首の後ろから前へと何度か繰り返す。


 端的に言おう。


 「外野ー! もっとバーック!」だ。



 しかし、この世界での認識は違った。


 不審な格好をした「白いの」が、注目を集め、これからやることを見ててくださいね、とアピールしたと思ったのだ。

 いわゆるライブ会場でアーティストが行う「煽り」行為。


 もっと盛り上がれ! もっと注目しろ!


 まあ、そんな感じに見えてしまったのである。


 動作の始点と手の向きが地球とは異なるが、見えてしまったのだから仕方ない。


 ……そして、この認識の相違が、後の出来事を、より大事にしてしまうのである。



 ◇ ◇ ◇



【ゴブリンが現れた】


 当然、ジャスティスは、一般的にポピュラーとなった、この亜人を知らない。


 特訓の日々で、ゲームなんぞに興じてる暇はなかったのだ。


 「ゲームしたい!」と、言った彼は、「そんな時間があるなら、一つでも多くの「掟」を覚えろ!」とたしなめられてしまった。

 なんとも言えない日常の一コマ。そして、彼は二度とその言葉を発することがなかった。


 彼にとって、人々を脅かす驚異。それはすべてジャ・アークの怪人。それでいい。


(初めて会った怪人は、全力で。再生怪人は、相手に見せ場を作った後で全力で……)


 彼は「掟」を心の中で復唱していた。



 待つんだ、ジャスティス!

 それはルーキーの時の「掟」だ!


 スーツの操作に慣れず、体術も未熟な時の。全力を出さないと、だいたいやられてるシーンで第一話が終わってしまう。その予防のための「掟」じゃないか……。


 君は、ルーキーじゃない! むしろ、次のヒーローと三度目の共演を控える身だろ?

 次の映画の台本がそろそろ渡されるぐらいの時期に差し掛かっているんだぞ?


 中盤以降は、初見の怪人にも見せ場を作らせないと駄目だ。「掟」を思い出してくれ!


 補足しよう。

 中盤は、マンネリ化を防ぐために色々とテコ入れがある。

 ちょっとした新武器とか新必殺技、新フォーム、と言えば分かりやすいだろうか?


 テコ入れ回の怪人は、お披露目を目立たせるための、いわゆる噛ませではあるのだが、このテコ入れ強化イベント、実は後半に出てくる怪人にも余裕でトドメを刺せるほどの威力がある。


 その理由は、終盤に対する最終テコ入れだったりするのだ。

 つまり、最終フォームや、最強必殺技が、ほかのヒーローと比べて早めに出た際、以後、それらだけで戦うことのマンネリを防ぐためのテコ入れだ。

 ほら、最終フォームがあるのに、なぜか新フォームをローテーションで回してみたりする話とか。で、それだけで勝てちゃう話。


 ややこしい話だが、当然、既存のテコ入れで登場した武器やらをさらに強化する尺など無い訳で……つまり、中盤のテコ入れ強化イベントは、終盤の怪人を「瞬殺」するだけのスペックが、ということだ。


 最終フォーム、最強必殺技を使わずとも、中盤装備をローテーションすることで、ジャ・アークを倒すことができる、と技術チームからも報告が上がっている。

 ……「私」もできれば知りたくなかった驚愕の事実だ。



 しかし、「私」の声は、ジャスティスに届かない。


 腰のホルダーにしまわれていた「超振動ブレード」、その名も【ジャスティス・ブレード】を、目の前にかざすと起動させる。


 すると、ナイフ程度の長さだった「それ」は、何故か長剣より、少しだけ短く幅の狭い「剣」へと、一瞬で変形する。


 これは、「通称:ラボ」の面々の努力の結晶。オーバーテクノロジーお約束なのだ。

 なぜ? どうして? 気にしてはいけない。

 そういうものなのだから。



 ジャスティスは、ブレードを逆手に持ち、アバ○・ストラッシュの溜めポーズのような体勢、というか、まんまな姿勢を取り、エネルギーをブレードにチャージする。


 古今東西、カッコいい動作はカッコいい。日の目を見ていないだけで、その動作は、以前にも以後にも誰かがやっていただろう。


 類似した呼び名は多くあるかもしれないが、分かりやすい表現を使う。

 それは、「私」のポリシーだ。だから、伏せ字にしたので、その辺は空気を読んで、くみ取ってほしい。



 いいのか? ジャスティス。


 そんな「大技」を使うと、君の「変身エネルギー」は、あと二回になってしまうぞ?



「【ジャスティス・クラーッシュ】ッ!!」


 遠慮もへったくれもなく、アバ○・ストラッシュを放つジャスティス。


 彼が技名を叫びながらゴブリンの脇を超高速ですり抜けると、残されるたのは両断されたゴブリンだったモノ。

 案の定、ゴブリンに見せ場なし。瞬殺である。


 そして、地面に死体が落ちた瞬間、辺りを揺るがす大爆発が起こった。


 と、同時に上がる阿鼻叫喚あびきょうかんの悲鳴。


 辺りでゴブリンと「白い不審者」の戦いを見守っていた住人たちである。

 その中には、「こんな雑魚モンスターに、なんて攻撃かますんだ!」という、抗議の声もあったかもしれない。


 しかし、ご安心いただきたい。

 大爆発と言っても、風が強いだけでダメージは皆無なのだ。

 その証拠に、ゴブリンが元いた地点は無傷。


 そう、「派手な演出お約束」だ。


 なお、本来なら、ジャスティスの技終わりの残心ざんしんを見ながら、「私」は最後の見せ場となる「次回予告」のスタンバイを始める。


 水分をとり、喉の調子を確認するのだ。

 発声練習も当然欠かさない。プロとはそういうものなのである。



「無事か?」


 余韻に浸りきったジャスティスは、無駄と分かりながらも住人たちに声をかける。


 意思の疎通が行えないことはすでに確認済だった。それでも声をかける。それは、ヒーローの優しさだった。


 そして、周りに被害がないことを念のため確認すると、ほっと一息。

 そそくさと町中へ歩を進める。定位置となった木の下で、また体育座りをしよう、と思ったのだ。


 そこに意外な、いや、ジャスティスだけには意外に思えた住人の反応が返ってくる。


 投石と罵声だ。


 当然と言えば当然だろう。

 目の前で、「最強魔法のようなモノ必殺技」を、事前警告なく、ぶっぱなされたのだ。

 むしろ、「注目してくれ」とアピールした上で。


 せめて、一言あるべきだ、と。なんてことしやがるんだ、と。


 さらに言えば、ここは、辺境の町。

 「その技が必要になる町に、とっとと行ってしまえ」と住人は言っていたのである。


 しかし、そんなことは、分からないジャスティス。


 少し、びっくり。少し残念。

 スーツの上からは分からないが、そんな表情をしていることだろう。


 守ったはずの住人からの非難は、地球でも経験している。

 怪人との戦闘は、どうしても被害が出てしまうのだ。


派手な演出お約束」のために家を壊された人々。

敵の凶悪さアピールお約束」のために傷つく人々。


 何度、ラボやジャスティス・コーポレーションの関係者と、頭を下げに回ったことか。


 その人たちと同じ行動だったのだ。


 だから、ジャスティスは、言葉の通じない人々に精一杯の誠意を込めて、「ごめんなさい」と頭を下げた。



 罵声と投石が終わるまで。


 耐えた。耐え続けた。



 そして、それが終わった頃……。


(……俺、なんで変身ヒーロー、やってるんだろう?)


 彼は、体が震えていたようだが、「私」には見えない。


 見えたとしても、なぜ、震えているのか理解できない。当然、内なる声も聞こえていない。


 きっと、「プライバシー・ゼロ機能」が壊れたのだ。そうだ、そうに違いない。



 ……なので、しばらく、そっとしておくことにしよう……。



 ◇ ◇ ◇



 町の外――万が一、『悪魔帝ジャ・アーク』や怪人が攻めて来てもいいように、町の入り口が見える地面――に座っているジャスティス。彼は、憔悴しょうすいしていた。


 エネルギーの消耗を抑えるため、「スーツ内の冷房」は、微弱だ。

 熱中症に気をつけてもらいたいところだ。


 そんなジャスティスに近づく人影が。


 ジャスティスは疲れ、寝てしまっているのだろうか? 反応はない。


 人物の作る影が日差しを遮る頃、ようやくジャスティスは、目線をあげる。


 目の前には、ローブを身にまとい、フードで顔を隠した人物が立っていた。



「誰? あぁ、俺にどっか行けっていいに来たのか。ごめん、ちょっと動けそうにないや……」


 彼は、言葉が通じないと分かっていても話しかけた。


 「あ、「掟」やらなきゃ」と思っただろう。しかし、「掟」(無意味な頷き)をする体力は、もうなかった。


 すると、その人物は、手をジャスティスに差し出しながら、「私の言葉が分かりますか?」と。

 聞き間違いではなく、確かにそう言ったのだった。


 話をできる人がいる。


 それが、どんなにジャスティスを勇気付けたことだろう。


 彼は、「分かる、分かる」と、何度も繰り返し、そして、その人物の手をとり、嗚咽おえつを漏らすのだった。



 どれくらいたっただろうか。


 握り続けていた手の補助を受けて、おもむろに立ち上がるジャスティス。

 が、とっさのことに相手は彼の体重を支えることができなかった。


 のし掛かるようにその人物が倒れた結果、二人は抱き合う形で、しばらく過ごすことになる。


 体力の限界が近く、腕を自ら動かすことが億劫だったため、振りほどかれるに任せようと考えたジャスティスと、ローブの人物がその状況を打破できるほどの腕力を備えていなかったことが原因ではあるのだが……。


 ようやく腕から脱出したローブの人物は、地面から守られたお礼の代わりに平手打ちを放った。いわゆる、ビンタである。


 しかし、スーツと一体化したマスクはそのダメージを完全に防ぐ。

 ピクリとも動かず、すべての衝撃を、その手の平にきっちり返した。


 平手打ちの人物は、予想外のダメージに声にならない声を上げながら、手を押さえ、彼の体の上で器用にのたうち回る。


 まさかの出来事にジャスティスは大の字になると、大きな声を上げて笑うのだった。



 ◇ ◇ ◇



 ジャスティス、いや、マモルは、何時間ぶりになるか忘れた食事を、満喫していた。

 全体的に薄味ではあったが、そんなことはさして気にならなかった。


 先ほどの人物が、好きなだけ食べて良いと言ってくれたのだ。だから、好意に甘えた。甘えまくった。


 今を逃したら、いつ食べられるか分からない。今度「変身」したら、また何時間も飲まず食わずになる。

 そう理解していたのである。


 料理が運ばれると同時に空になった皿がマモルから差し出される。


 給仕は、行きに注文された料理を、帰りには空になった皿を。そして、次のオーダーを厨房に告げるを繰り返していた。

 椀子そば、ならぬ椀子料理、とも言うべき異様な光景だった。

 ちなみに私はニャンコ派だ。ワンコ派ではない。


 酒類を除いたメニューをすべて制覇し、二週目に入ったところで、厨房から悲鳴が上がった。

 が、マモルの胃袋は止まらない。


 そんな量がどこに入るのか?


 当然、「お約束」である。

 気にしたら負け、なのである。


 その食事と言っていいものなのか、よく分からない行為バトルを、マモルの向いに座る少女は、若干ひきつった笑みを浮かべながら眺めていた。


 彼を救ったローブの人物は、女性だったのだ。



 え? ここから、彼女の回想?


 視点が頻繁に変わると、評価が――


 ◇ ◇ ◇



 「マリー」は、彼との出会いを思い出していた。


 手の痛みが治まると、急に気恥ずかしさを覚えた。

 なぜなら、いまだ自身は鎧の上にいたのだ。むしろ下半身は、彼――俺、と自らを呼んだのだから男性だろう――の腹部と密着しており、どう見ても自分が押し倒しているようにしか見えなかった。


 マリーは、即座に彼から離れると頭を二度振ってから、今度は慎重に助け起こした。


 また倒れる訳にはいかない。

 一連の状況は、助け起こしが失敗したからなのだから。


 少しだけ赤みがさした頬は、力を込めているから。

 耳が熱いのは、気のせい。


 そう自分を納得させる。


 そして、ようやく当初の目的を達成すると、今度は頭を下げ目の前の「白騎士」に住人の行為を謝罪した。


 これが、二つ目の目的。


 そして、最後の目的――この場所を訪れた理由を伝えようとしたのだが、すぐに中断を余儀なくされる。


 から抗議が上がったのだ。

 もう限界だ、と腹の虫くん。


 先ほどの平手打ちといい、どうにも緩い空気が流れている、そんな気がした。


 さらに追撃とばかりに、恥ずかしそうに頭をかく騎士。


「ごめん、お腹すいてて」


 いや、彼は騎士ではないのだろう。今までの言動がそれを教えている。


 まず、騎士であれば、差し伸べられた手を取ることはしない。

 手助けが必要ならば、自分から命令してくるはずだ。

 そして、それもあり得ない。

 本来であれば、従卒がその役目を負う。


 そもそも、従卒を同行させない訳がないのだ。

 全身鎧は一人で身に着けることができないのだから。

 さらに言えば、従卒がいれば食料も携帯しているはずであり、お腹が空いてる、なんてこともない訳で……。


 (……騎士でないなら、何なのだろう?)


 フルフェイスの兜からは、顔を伺うことができないが、声はかなり若かった。


 であれば、貴族の子弟だろうか? 見るからに高価な鎧を身にまとっていても、おかしくはないが……。

 しかし、言葉を話せない訳がない。

 教育以前の問題ではないか。

 高等教育である読み書きとは違うのだ。

 誰だって、それこそ、町にいる物乞いだって、言葉を話すことはできるのだから。


 いくつもの考えが浮かぶも、どれも自分を納得させるものではなかった。


 一言で言えば、異質。

 目の前の騎士のような人物は、異質の塊だった。


 だからだろう。俄然、この人物に興味が沸いた。

 空腹だと言われ、食事に誘ったのは当然の行為。

 好奇心を満たすために、「魔法使い」になり、未知と出会うためにギルドに所属したのだから。



 ギルドからの仕事。


 言葉の通じない不審者が町の外で騒ぎを起こしていると「ギルド協会」に報告があったのだ。


 「お前、暇だろ? ちょっと行ってこい」


 ギルドマスターの鶴の一声。


 「魔法」により「未習得言語を一時的に理解し、会話できる」マリーに、白羽の矢がたった。

 厄介事を押し付けられた、貧乏くじを引いた、と思った。


 当然、最高位からの命令を断ることなんてできる訳がない。そして、なるべく早く目的を達成しなくてはならない。通常であれば。


 でも、少しぐらい寄り道しても問題ないはずだ。自分の興味を満たす時間ぐらい。まだ昼を少し回っただけだ。


 食事をおごれば自分に気を許してもらえるだろう。そんな打算的な考えがあった。


 先ほど、仕事の報告をして、報酬を受け取った。であれば、懐具合に問題はない。ならば、次に声をかけるべき内容は、決まっていた。


 「もしよければ、お昼ご飯、食べませんか? もちろん、私のおごりです」



 ◇ ◇ ◇


 おっと、どうやら回想が終わったらしい。


 ここからは、「私」が再びナレーションである。



「えっと……本当にこの額ですか? 水増しとか……」


 マリーは、失礼に当たるのを承知で金額の確認をした。


 きれいに切りそろえられた青髪の下、冷や汗が「私」にも見て取れるほど狼狽していた。薄い緑のローブの下で小さな肩が震えている。


 高級焼肉店にて、「今日はおごりだ!」 と、男三人でさんざん飲み食いをした後の会計。そんな状況を想像してもらえば、提示された金額のイメージがわくだろうか?

 谷川さん、その節はごちそうさまでした。

 また今度、お願いしますね?



 ぶっちゃけ法外な値段であった。


「さっきまで食べたものをこの場で戻したら、安くならないだろうか?」


 そんな阿呆なことを考えてしまうぐらいの。



「間違いありません!」


 目の前には、給仕の、にこやかな笑顔。

 きっと、今晩の大入り袋の額を想像しているのだろう。

 お食事代と書かれた紙の乗った盆が、ズズイっとマリーの目の前に差し出される。


 財布の中身と紙に書かれた金額とを行ったり来たりする視線。

 意を決して、その法外な値段に果汁水二杯分を加えた硬貨を並べ、最後の注文をしてから、トボトボと席に戻る。


 長い睫毛を伏せ、こぼれ見える髪よりも深い青。

 涙でうっすらと揺らぐそれは、まるで宝石のようだ。

 眉毛は八の字に。きゅっと結ばれた薄紅色の唇。

 そこにはっきりと浮かぶは、後悔の念。

「あー! なんで食事に誘っちゃうかな、私ってば……」

 薄幸の美少女と言っても良いだろう。


 その後ろ姿に仕事をやり切った男の視線が厨房から注がれていた。

 無言で親指を立て、こちらも給仕に負けず劣らずのいい笑顔だった。

 「まいどあり!」

 そんな声が聞こえてきそうな。


 まさか、先日の報酬分が、すべて食事代に消えることになろうとは思わなかった。


 討伐依頼を二つもこなしたのだ。

 この辺にしては、強敵にあたる部類の魔獣。

 マリー自身は、そこそこ優秀な魔法使いであったため、ケガなどはなかったのだが、馬車に揺られた長距離の移動と慣れない戦闘で精神をすり減らした。


 できれば、二度とやりたくない。

 そんな仕事だったのだ。


 出迎えたマモルは、どこか申し訳なさそうで、それでいて安堵したような複雑な表情。


(もう少し食べられたけど、自重しといて良かった)


 若さってすばらしい!


 「私」なんぞの年になると、もう脂っこいものは無理である。見てるだけで胸焼けする。


 だから「私」は、マモルの喰いっぷりを尻目に、店外のおねーちゃんのお尻を目線で追っていた。尻目だけに。

 風、吹かないかな? なんて思いながら。



「いいのいいの! 大丈夫、まだ余裕あるし。足りなくなったら、私が稼ぐから。だから、マモルは気にしないで」


 どこのヒモ男と貢女の会話だろうか?

 マモルの表情を見るやいなや、マリーは、健気にもそう言ってのけた。

 男なら一度は言われてみたい。そんなセリフである。


 マリーは、マモルの正面に座ると身を正し、コホンと咳払いを一つ。「これからの話をしましょう」と続けた。


 マモルはマモルで神妙な顔をして頷く。

 ここで第二の女の影や婚姻届けと判子でも出てくれば、昼ドラの世界ではあるのだが、そんなものは、当然、出てこない。



 マリーが語った内容は、以下の通りだ。


 これから向かう先で、町外での騒動について尋問が行われる。

 一時的な記憶喪失を理由にするので、マモルが捕まることはない。

 むしろ、自分がそんなことはさせないので、信じてほしい。

 適当にお茶を濁して早々に解放してもらおう。


 熱く語る彼女の言葉をマモルは、一も二もなく信じた。マリーの言葉を信じた。


 霊験あらたかな壺を疑うこともなく買ってしまうマモルである。

 しかも、命の恩人だと思っているマリーの言葉だ。信じない訳がなかったのだ。


 しかし、マリーは、「昼食をおごったことが功を奏した、自分の熱意が伝わった」と考えていた。

 あの必要経費のおかげだ、と。私の言葉が彼に届いたのだ、と。


 「私」から言わせてもらえれば、まったくもって無駄な出費であったのだが、本人が良ければそれでいい。

 知らぬが仏、とは良く言ったものである。



 そんなこんなで話題は、この世界の一般常識を経て、マモルがなぜこの世界の言語を話せないのか、という疑問――マリーの最大の関心事――へと移った。話し手と聞き手の交代だ。


 身を乗り出し、マモルの一語一句を聞き漏らすまいと聞き入るマリー。

 ローブから少しだけ顔を覗かせるお胸と嬉々とした表情の美少女。

 まさに眼福、絶景だったことを補足しておこう。


 しかし、マモルが話し出すにつれ、マリーの前のめりは、いつの間にか元の位置へと戻り、マモルの発言を聞き返すことが多くなり、最終的には、頭に?マークを浮かべ、怪訝な表情をただただ浮かべさせるに至る。


 マリーは「魔法使い」だ。しかも、彼女の言葉を借りれば、そこそこ優秀な部類に入る。


 当然、一般人よりも摩訶不思議な話について耐性を持っており、知識も豊富なのだが……まったく理解ができない。


「何言ってんだ、こいつ?」状態だった。


 マリーが悪いのではない。

 マモルが、バカなのだ。


 身も蓋もないが、仕方ない。

 「私」も一年近く連れ添った、いわば仕事のパートナーとも言うべき青年を、貶めるような物言いは避けたい。


 しかし、仕方ない。マモルは、バカだったのだから。


 「地球と呼ばれる惑星から来た異邦人。言葉が通じないのは、言語が違うから」


 これが言えない。近しい言葉も言えない。まったく言えない。


 「地球人で言葉が違うから話せない」


 これだけでも言えれば、マリーは、足りない部分を自己補完することができただろう。


 しかし言えない。仕方がない。マモルの知能は、小学校六年生がMAXであり、以後は、血の滲むような特訓により下降の一途なのだ。


 むしろ、アッパラパーと評されないだけでも、表彰ものだったのである。



 「えっと……マモルは、この世界に現れた勇者なの?」


 「いや、ヒーローだけど……勇者って何?」


 「……」


 何度目かの同じやり取りを繰り返し、ついにマリーが音を上げた。勇者についても、説明してある。


 むしろ、このやり取りの後に、都度、説明しているのに……そして、考えることをやめた。「私」に仲間ができた。



 この世界に「ヒーロー」。さらに言えば「変身ヒーロー」なんてものはいなかった。それがいけなかったのだ。

 

 彼は、文字通り、自身が命をかけている「ヒーロー」がどんなに素晴らしいものであるか、マリーに伝えたかったのだ。


 目の前の少女に。命の恩人に。誰がそのことを責められようか?


 しかし、マモルは、説明するのが下手だった。一般知識にも欠けていた。バカだったのだ。


 結局、マリーに「地球異世界を守る変身ヒーロー勇者」が伝わったのは、二日後のことだった。伝わっていなかった。


 しかもその代償に、マリーの財布はスッカラカンになっていた。

 「私」は、家に帰れていなかった。

 頼む、いい加減にしてください!


 「私」の祈りが通じたのだろうか? ついに二人は行動を起こす。


 このままでは食事もできず、干からびて死んでしまうとギルド協会に駆け込むマリーと、今ひとつ自身の置かれた状況を理解していないマモルを待っていたのは、怒り狂ったギルドマスターのお小言罵声だった。


「お前は、お使いもできないのか!? 行って帰ってくるだけで、何日かかってるんだ! お前は、バカか? バカなのか? その首の上にあるのは、飾りなのか? 胸の栄養、少し頭に回せよ!」


 真っ青な顔のマリーと、マリー以外と会話禁止と言われ、ニコニコと突っ立っているマモルを見ながら、「バカップル誕生」とつぶやいて、「私」は仕事部屋を後にするのだった。



 ◇ ◇ ◇



 以下は、マモルとマリーの今後の補足である。

 無駄に長い? 文句は『神』に言ってくれ。「私」だってそう思ってるんだから。


 そろそろ帰宅したい。マモルじゃないけど、シャワー浴びたい。ゴロゴロしたい。寝たい。なのだ。


 すでに丸三日、働き詰めなのである。完徹である。

 マモルの説明が下手すぎたせいだ。

 体からは年相応の臭いがする。自分で臭うのだから、かなりマズイ。妻になんと言われることか。

 むしろ、こんなになるまで付き合っていた「私」を褒めていただきたいものだ。


 だから、最後のナレーションの仕事をきっちりこなし、ついでに「ラボ」にマモルの置かれた状況を説明してから帰ろうと思っている。

 ドラッグストアで先にデオドラントスプレーを買ってから。


 もっとも、「ラボ」では、すでに状況を把握し、マモル奪還作戦の草案を作成中だとは思うが……。



 では、お仕事。



 ◇ ◇ ◇



 マリーの中で何かが変わっていた。


 そして、マモルも。


 そうして、彼らは住人たちと打ち解け、時には衝突し、最終的には、この世界の「魔王」と呼ばれる存在の討伐を、買って出ることになる。



 その話は、また別の機会にするとして、この辺で今回の「私」の仕事を終えようと思う。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■


 次回、「第二話 激戦! 正義戦士 対 勇者」


 頑張れッ、ジャスティス!


 負けるなッ、正義戦士 ジャスティス!


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 ※短編なので、続きません。

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【完結】異世界転移した変身ヒーロー、正義のポーズが「不審者の煽り」と誤解され通報される~なお、必殺技の火力のせいでヒロインは破産した模様~ 希和(まれかず) @charjya

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