第六章 【虚飾の迷宮】:レベル詐称と、見えざる亀裂

 聖都フェリシタスでの「イベント」を完全攻略(クリア)した俺たちは、次の目的地である『商業都市ゼフィルス』への近道――通称「嘆きの渓谷」を進んでいた。

「……ステータス、オープン」

岩陰で小休止を取る最中、俺は誰にも聞こえないように呟いた。

目の前に展開されるのは、俺自身の残酷な現実(スペック)だ。

【名前:カズ(天界院・L・カオス)】

【種族:人間(モブ)】

【職業:情報屋】

【レベル:1】

【筋力:5 魔力:2 運:10】

「ゴミめ……」

俺は舌打ちした。

世界を書き換える【作者権限(オーバーライド)】は強力無比だが、それはあくまで「外部への干渉」であり、俺自身の肉体スペックを底上げするものではない。

殴られれば死ぬ。走れば息が切れる。

対して、俺の少し先で剣の手入れをしているアルスは――。

【名前:アルス】

【レベル:48(強制ブースト中)】

【筋力:850 魔力:600】

【状態:精神疲労(大)、呪詛浸食(中)】

化物だ。俺が設定をいじくり回して経験値を無理やり注ぎ込んだ結果、物語中盤にしては破格の強さを手に入れている。

だが、その強さは彼自身の努力の結晶ではない。俺がキーボードを叩いて付与した「数字」に過ぎない。

「カズ様、この先には『審判の門』があると聞きました。強き者しか通さないという……」

エルナが不安げに地図を覗き込む。

「安心しろ、エルナ。その門の突破条件は『合計レベル50以上』だ。今のアルスがいれば問題ない」

俺は余裕の笑みを浮かべた。

そう、問題ないはずだった。俺の記憶にある「初期設定」では。

数十分後。

俺たちの行く手を、巨大な石造りのゴーレムが塞いでいた。

『審判の門』の番人だ。

「汝ら、力を示せ。弱き者は去れ」

ゴーレムの目が赤く光り、アルスをスキャンする。

「……合格。次」

続いてエルナ。

「……合格」

そして、俺の番だ。俺は悠々と前に進み出た。

番人の赤い光が俺を包む。

「……不合格。レベル1。脆弱な存在は排除する」

ゴゴゴゴ……と番人が巨大な拳を振り上げた。

「えっ、カズ様……!?」エルナが悲鳴を上げる。

(ちっ、仕様変更かよ! 合計レベル判定じゃなくて、個別判定に変えたのはどこのどいつだ……ああ、俺だ。「緊張感を出すため」とか言って修正したんだった!)

過去の自分の勤勉さを呪いつつ、俺は焦燥を顔に出さずにニヤリと笑った。

「脆弱、か。……ククッ、愚かな人形風情が。俺の力が『低すぎる』と判定したか?」

俺は右手をかざし、ウィンドウを高速で操作する。

レベル1の数値を上げることはできない。だが、「表示」をごまかすことなど造作もない。

「設定改変(ハッキング)――! 俺のステータス表示における『1』という数字の定義を書き換える。それは最小値ではない。システムが計測不能なほどの『オーバーフロー(桁あふれ)』を起こした結果のエラーコードだ!」

【オーバーライド:承認。対象の認識フィルターを反転させます】

「……な、に?」

番人の動きが止まった。

俺が書き換えた論理に従い、番人のAIが俺の「レベル1」を「測定限界突破」と誤認する。

「エラー……エラー……。計測不能。神域の力……。失礼しました、お通りください」

ズズズ……と巨大なゴーレムが膝をつき、平伏して道を開けた。

冷や汗一つかかず(実際は背中がびっしょりだが)、俺はエルナたちの方へ振り返る。

「……強すぎる力というのは、時に弱者に見えるものだ。世の常だな」

「す、凄いですカズ様! あの番人を言葉一つでひれ伏させるなんて……やはり貴方は、伝説の賢者様の生まれ変わりなのでしょうか?」

エルナが目を輝かせる。チョロいヒロインで助かる。

だが、ふと視線を感じて横を見ると、アルスだけが表情を消して俺を見ていた。

「……カズ。お前の足、震えてないか?」

ドキリとした。

「……武者震いだ。強大な力を抑え込むのには、それなりの負荷がかかるんでね」

「そうか。……お前は、本当に『強い』んだな。剣も振らず、魔法も使わず、ただ口先と指先だけで世界を従わせる」

アルスの声は平坦だった。

だが、その言葉の裏には、純粋な称賛とは違う、冷たく乾いた響きが含まれていた。

彼は気づき始めているのかもしれない。

俺の力が、汗と血にまみれた「強さ」ではなく、もっと異質で、不気味な「支配のルール」であることを。

「行くぞ、アルス。雑談をしている暇はない」

俺は会話を打ち切り、先頭に立って歩き出した。

アルスは無言で従う。

俺の後ろ姿を見つめる彼の右手が、無意識のうちに聖剣の柄を強く握りしめていることに、俺は気づかないふりをした。

渓谷を抜けた先には、夕日に染まる荒野が広がっていた。

物語は進む。俺の筋書き通りに。

だが、俺の足元に伸びる影は、日に日に濃く、長く伸びているような気がしてならなかった。

(大丈夫だ。中盤の山場までは、まだ余裕がある。レベル詐称だろうが何だろうが、俺が「最強」であるという事実は揺るがない)

俺は自分にそう言い聞かせ、震える足を止めることなく歩き続けた。

背後から聞こえる、主役(アルス)の足音が、まるで処刑台へのカウントダウンのように重く響いていた。

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『俺のラノベは中盤からが地獄だった ―第1章で聖女を助けたのは主人公(アルス)じゃなく作者(ぼく)でした。未設定のラスボスに震えながらハッピーエンドを目指す―』 朧木 光 @hlnt_arc

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