第4話 欠けた現実

 目を開けると、私は自分の部屋にいた。

 窓の外は曇り空で、硝子の雨も、黒板の空も、もうない。

 ただし──いくつかのものが静かに欠けていた。


 机の上に置いたはずのカップは、取っ手だけを残して消えている。

 壁の時計は針が一本しかなく、その針は時間ではなく“ため息の数”を刻んでいる。

 そして、一番おかしいのは鏡だ。

 私の姿は映っているのに、顔の輪郭がなかった。

 そこには、淡い灰色の空がぼんやり広がっている。


 玄関のドアを開けると、通りには誰もいない。

 家々はあるが、窓の奥はすべて真っ白で、まるでまだ描かれていない風景のようだった。


 ポケットを探ると、一枚の切符が出てきた。

『行き先:未定 片道』とだけ書かれた古い紙。

 裏面には、こう印字されていた。


「置き忘れたものは、あなたを探さない。」


 その文字を読んだ瞬間、胸の奥で何かがぽっかりと空いた。

 けれど、その空洞に風は吹き込まず、音も匂いもなく、ただ静かにそこに在るだけだった。


 私は歩き出した。

 行き先はわからない。

 けれど、足音だけは確かに地面に刻まれていた。

 それが、まだ“生きている”という唯一の証のように思えた。

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