ep.22〜25「透けた想いと、甘い桃」

22

どれくらい沈黙ちんもくが続いたのかわからない。

凪はミルを持ったまま固まっていた。

ユキは、優しい目で阿坂を見つめていた。


「ヒロ。送っていこう。悪かったな。に乗ってくれ。」

一瞬、窓の外を見た絵写乱が、阿坂に言った。



「ああ…。あ、なんつーか…、お邪魔しました。

コーヒー、美味しかったです。」


固まった姿勢のまま、阿坂を見送った二人だったが、


「コーヒー、美味しかったって。元気になってくれるかな。」と凪。


「あ、お風呂沸かさなきゃ。」と、もう泣いてはいないユキだった。



*

夕方の田んぼ道を、法定速度マイナス1キロで走るプジョー。


「木村先生が、さっきの会話を録画していた。

今、編集しているだろう。アップロードの許可きょかもらえるか?」


「いいよ。」阿坂は、あっさり答える。


「事務所に聞かなくていいのか。フロー的には、通すべきだろう。」


「事務所か…。いいよ。大丈夫だ。で、どこに向かっているんだ?」


「さっきの会話で脳が刺激されて、現役げんえきに戻ったようだな。私たちのグラウンドだ。」

口元に笑みを浮かべて、絵写乱が言った。




23

二人の母校、大鳥中おおとりちゅう。の第二グラウンドの駐車場に、プジョーを停めた。


絵写乱は、トランクから汚れた白いサッカーボールを取り出し、

小脇こわきに抱えたままグラウンドへ向かう。阿坂も後ろからついてくる。

芝生に入って数メートル歩いた所で言う、


「ヒロ、そこで止まってくれ。」


絵写乱は、そこから13メートル歩いていき、ボールを芝生に落とした。

阿坂の方に向き直り、若干の助走をして、

渾身こんしんの力でボールを蹴る。



トッ…トン。



絵写乱の蹴ったボールは、阿坂の右足の右側辺りアウトサイドで勢いを殺され、

彼の足元で止まった。


「いきなり蹴るなよ。ビックリするだろ。」

阿坂が文句を言う。


「わざとだ。それよりも革靴かわぐつでそれか。

流石にJ1だな。レベルが違い過ぎる。」

絵写乱は、予想通りといった感じで言う。


「いや、お前のキックの威力いりょくもかなりあったぞ。」


世辞せじはいいが。今は時代もいい。

動画を観て、1週間努力した結果だ。

きちんとものもある。」


その後、阿坂のパスから始まり、絵写乱が受け、

キャッチボールのようにパスを出して、受けるを繰り返しながら、会話を続ける。


タルビの試合の邂逅かいこう。サンニモでの出会い。そして、大鳥中時代の思い出。



30分も経っただろうか。絵写乱が息を切らして、言った。


「帰ろう。石橋中まで送ろう。」




24

石橋中の駐車場に着き、レクサスの隣の隣に停める。



「さっきのボールにサインをしてくれ。元々のサインが消えかけている。」


プジョーを降りた阿坂に、二人で蹴ったボールとペンを差し出した。


「このボール…。そうか。持ち主の許可は取ったのか?」


阿坂は、少し戸惑とまどいながらも、

いつもと違う、懐かしい自分のサインを書く。


(キュッ、キュキュッ、キュー… )


サインする阿坂の手元を、目を細めて見つめる絵写乱。


「サインありがとう。またな。」


絵写乱は、阿坂の質問に回答しないまま、

いつものゆっくりしたスピードで、プジョーは、石橋中から走り去った。




25

二日後、日曜日。金曜日未明に、YouTubeにアップされた動画、

[ももマン、なぜか阿坂ヒロと対談] が一時的にバズり、

Yahoo!ヤフーのトピックにも表示された。そんな日の夜。


*

「お父さんの豚ステーキ得意料理、大好き。」バクバクと食べながら、凪。


「ありがとうございます。

今日は、デザートに桃がありますので、食べ過ぎないようにお願いします。」

と、絵写乱がかしこまって言う。


「桃?やったー。…そういえば、ももマンがバズった理由はわかったの?」

凪が、ユキと絵写乱に無邪気むじゃきに聞く。


ユキが絵写乱の方を一瞬見る、絵写乱が答える。


「判明している。サンモニ。ヒロの最後のチームだな。

そこのエースがゴールを決めると、

私の[レッツ、ピーチ!]のパフォーマンスをしているらしい。」


「それの元ネタ公開として、

お兄の動画のリンクを自分のインスタに貼ったのが要因。

今季13ゴールも決めているしね。」と、ユキが続ける。


「じゃあ、そのサンモニの周りだけじゃん。ってところ。」


「ご明察めいさつ。現に視聴者数などは、ほぼ前と同数に戻っている。」


「なーんだ。残念だったね。お父さん。

せっかくダンゴムシの研究が、世界に発見されたのに。」


「私の崇高すうこうな研究が、その様に消費されるのは望んでいないぞ。

さて、そろそろ桃の準備をするか。」キッチンに向かう絵写乱が言う。


*

「お兄、コレがその崇高な研究なのでしょうか。」

ユキがスマホを操作し、リビングのテレビに動画がうつし出される。


薄暗い屋外で、

ピンク色の被り物をした絵写乱がダンゴムシと何かをしている。


動画のタイトルは、

[ももマン、ダンゴムシと夜の芝生デート②]



「ギャッ!何これ!夜に出掛けて、こんな動画撮ってたの?」

凪が叫ぶ。


「その通りだ。夜の屋外で、夜行性であるダンゴムシとたわむれる。

日も長く、気温も最適なこの時期にしか撮影出来ないからな。

…そんなことより、桃に合うのは…。」


キッチンの戸棚を開いて、ウイスキー選びを始める絵写乱。



その時、リビングを切り裂くように、



『ケッ、ケッ、ケーン!』



絵写乱は、スマホの画面を数秒だけ見て、


「それは…、論理的にも最高だ。」と呟き、

サイレントモードにした。



「…ひっ。…ひっひっひっひっ!」つい、大声で笑ってしまう。



「うわ。久しぶりに聞いた。その笑い方。…やっぱり、ウザい。」

凪が、絵写乱の引き笑いを酷評こくひょうする。





- なんかリビングの空気がいつも通りになっている気がする。


気のせいじゃないよ。私もそう思う。


桃って美味しいのかな。わかんなーい。 -




-終-

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「論理の透明度」 石橋 ももこ @bmowq

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