ep.14〜21「論理の透明度 〜あの日、手を繋いでいた少女〜」

14

プジョーが、自分を乗せて走り出してから数分経った頃、

阿坂が絵写乱の方を向かずに、前を見ながら言った。


「えっしゃんらしいな。」


絵写乱は、敢えて何も返事をしない。


「制限速度をピッタリ守るんだな。びっくりするぐらい遅いよ。」


愚論ぐろんだな。[赤信号、みんなで渡れば怖くない]の宣教師せんきょうしか。」


絵写乱は、ようやく話し始める。

視線は前、もしくはドライバーとしての確認のみだ。

阿坂を見ようとはしない。



一時間ほど市内をまわった頃、


「どこに連れてってくれるんだ。それとも、何かされたりするのか。」


少し恐怖を感じてきた阿坂が、

絵写乱を刺激しげきしないように言葉を選びながら言う。


「美味いコーヒーが飲める場所に行く。

って言っただろう。ほら、見えてきたぞ。」


絵写乱の言葉を聞いて、窓を通して周りを見る。


「こんなばっかのところに、あるってのか。」


「失礼なことを言うもんだな。着いたぞ。だが、ドアは私に開けさせてくれ。」

そう言うと、道路の右側にある、住宅のカーポートに、プジョーを丁寧に駐車した。



「入ってくれ。我が家だ。」




15

*

- うーん。眠い。こんな時間に絵写乱さん。誰かを連れてきたみたい。

っていうか、絵写乱さん、友達いたんだね。

失礼なことを言うな!少しはいるだろう! -

*



絵写乱が先に。阿坂が続いてリビングに入る。


リビングから繋がる、キッチンの入口辺りに、

見覚えのある小柄こがらな女性が、

こちらが受付です。と言いそうな姿勢で立って、こっちを見ている。


「え?えっと…、木村先生ですよね。さっき、石橋中で…」


「よく名前を憶えてくださってましたね。

と言っても、さっき会ったばかりですしね。

いわゆる有給休暇ゆうきゅうきゅうかを時間で取りました。」

よくある事のようにユキは言った。


「まぁ、けてくれ。」

絵写乱がそう言って、手を向けたソファに、阿坂は座る。

どんな気分でいるのか自分でもわからないまま。


「木村先生、ユキは、

私の17歳下のめいだ。私をおにいと呼ぶが。」


「えっ?…そうか。えっしゃんとオレは、中学時代の同級生だもんな。

まれてないのか…。接点は無いよな。

でも、一緒に住んでるのか。驚いたよ。」


絵写乱の説明に、納得なっとくするが、

やはり現状の全体像がつかめない阿坂は、どうしていいかわからない。


「えっしゃん、オレ…。」

何かを言いかけた時、


「たっだいまー。」


ご機嫌な声を上げて、凪が帰宅した。



「な、なんで阿坂さんが、うちに居るの?」

口を右手でおさえながら、凪の目がする。


「えっと。お邪魔しています。」と、中学生に頭を下げる阿坂。


「私の娘、凪だ。今日、お前の講演を聞いていた。」と説明し、

すぐに、

「凪、帰ってきて早々そうそうで悪いが、私たちにコーヒーをれてくれないか。」


「い、いいですけど…。」

突然の依頼に驚きながら、キッチンのユキの隣に行く。




16

「オレがうそをついているからなのか?」突然、阿坂が言った。


絵写乱は、両目を閉じていた。阿坂の言葉を反芻はんすうしているかのように。



「ユキちゃーん」凪が、声色こわいろを消した小声で助けを求める。


「どーゆーこと?ケンカ?どーしたらいいのー?」小声で続ける。


ユキは、前で合わせていた両手を離し、

戸棚からミルとドリッパーを出して言った。


「凪ちゃん。コーヒーを淹れよう。」凪と比べれば、普通の声量だ。


「う…うん!」

よくわからないまま納得するが、小声のままの凪だった。




17

』『


コーヒー豆をく音だけが、リビングに響く中、絵写乱が目を開けて言った。


「ヒロ。お前は、嘘をついてはいない。そうだろう。

私が聞きたいのは、子ども達に聞かせたいのは、あの話の続きだ。」

ミルの音よりも大きい声だった。


阿坂は、心臓を一突ひとつきにされたように感じた。

そこから何かが全身に広がり、清々すがすがしくも、苦しい。

頭の中は、二つの感情が同居する不思議な感覚におちいった。




18

「コーヒーでーす。」凪が淹れたてのコーヒーを運んでくる。


一つは、チャムスのドでかいマグカップ。

一つは、凪が修学旅行で作ったでかいマグカップ。


チャムスは、絵写乱に。

凪の手作りマグは、阿坂の前に置かれた。


凪は、そそくさとキッチンに居るユキの隣に戻った。



*

「熱い内にお飲みください。」キッチンから、二人に向けてユキが言う。


「お代わりは作れます。」キッチンから、二人に向けて凪が言う。


阿坂は、マグに口を付けて、味わう。

確かに美味い。美味いが、何を話せばいいのか…。

向かいのソファに座る絵写乱を見る。わからない。


「今は、中学の時の昔話などしないぞ。

私が聞きたいのは、今日の講演の続きだ。」絵写乱が淡々たんたんと言う。

怒っているようには見えないが、威圧感いあつかんがある。


「昔話は、犬も食わない。って聞いたことある…。」

凪が小声でみょうな事を言っているが、誰も反応しない。


「なら、私から話をうながしていこう。コーヒーも飲んでくれ。

ヒロ、お前は、だったじゃないか。

忘れたわけではないだろう。」


ユキの目が、大きく見開く。



19

「地元のユースから、地元のトップチームに新加入。

誰もがあこがれるルートの一つだろう。

しかも、当時のは、J1だ。」


阿坂は、ややうつむきながら。

左手でほほのあたりをさすりながら聞いている。


「タルビのオレンジ色のユニフォーム。

エースナンバー10を背負い、自慢じまん長髪ちょうはつをなびかせ、

スタジアムを、観客をどよめかせるパスを出す選手。

それが、ヒロ。お前だったよな。」


阿坂の反応を見つつ、絵写乱は続ける。


「その栄光に斜陽しゃようがさしたシーズン。

毎試合、勝利が逃げていく。我慢がまんできなくなった経営陣は、監督かんとくを変える。

超守備的な戦術が得意な、荒大あらだい監督に。ヒロのポジションが無くなったんだ。」


阿坂さんは、守備より攻撃が好きってことだよね。

と、意外にも理解する凪。


*

「それが原因では、ないよ。えっしゃん。」

阿坂が話を引き継いだ。



「そのシーズン…。

あのシュートを外したから。簡単なシュートを外したから。

あれで、タルビでのオレは終わったんだ。」


ユキの目から涙がこぼれる。それを見た凪は、もらい泣きをする。


「ヒロ。簡単なシュートだと?私は、あの後!34パターンも分析した。

あのシュートが入る確率は、0.01%も無かったのだよ。」

絵写乱が自説じせつべる。


「キーパーも目の前にいない!ゴールまでの距離は5メートル。

小学生でも決められたって言われたさ!」

阿坂は、感情的に反論してしまう。


何か言いたそうになったが、何も言わずに、グッと我慢する凪。



コーヒーを一口飲み、絵写乱は言う。


「他の選手の怪我けがで。

あの守備的なポジションで使われたお前が、さわれただけで奇跡的な確率だった。

予測が速い、お前だけがボールに届いたんだ。」


阿坂は、両手で頬と目を隠すようにして聞いている。




20

「その後、Twitterツイッターなどでの炎上だ。

シーズン終了後の結果で見れば、その1点が入っていてもJ2への降格は変わらなかった。

だが、ヒロはにされた。という言葉が多かった。

理由は、途中でタルビを解任された山羽織やまはおり監督が、

すで就任しゅうにんしていた笛吹ふえふきへの移籍いせきだろう。

タルビと入れ替わるようにJ1に入ったサンニモにだ。」


「阿坂さんが、誤解されて大変だったってことだよね。」

小声で、凪がユキに言う。



*

- ねぇ。サッカーの話だよね。そうだよ。長いよね。

凪ちゃんもわかってないと思うな。そうだね。珍しいよね。

しかも、ちょっと話が暗くない? 暗いよー。

あれ?ユキちゃん泣いてない? えー! なんで! -

*



「だが結局、次のシーズンでサンニモはJ2へ降格。

逆にタルビはJ1へ昇格だ。

ヒロは、途中で大怪我おおけがもしたが、その数年後に引退いんたいだったな。」


絵写乱は、阿坂を見る。

阿坂が、変わらない姿勢しせいのまま、大きく息を吐き出す。


「どこか違う点があったなら指摘してくれ。ヒロ。」


「全部合ってるよ。その通りだ。

紺色こんいろのユニフォーム。サンニモでの4年間は楽しかった。怪我もしたけど。」

うるんだ目をした阿坂は、答えて、コーヒーを飲む。


コーヒーを飲む阿坂を、困った顔で、黙って見ている凪。


「…私が言いたいのは、タルビール新潟での話も、講演でするべき。

いや、して欲しかっただけなんだ。これは、論理的じゃないがな。」




21

阿坂が少し、苛立いらだちを顔に出して答えた。


「タルビは、オレをにした。

オレはサンニモでプレーしたJ2の選手だ。

講演の内容は、オレが書いているわけじゃない。事務所だ。

だが、タルビでのことを意図的に言わないことは、オレも賛成している。」



*

- サッカーわからない人。はーい。そろそろ止めてくださーい。

絵写乱さーん。聞いてますかー。

ここの横に置いてあるのは、誰のスマホですかー。ん、んー? -

*



絵写乱は、阿坂の目を真っすぐに見て言う。


「ユキは、あの日のエスコートキッズだったんだ。」


「え?」阿坂は、予想外の情報に反応ができない。


「ヒロが。タルビで、シュートを決められなかった、あの日。

ユキは、お前と手をつないでいた。一緒にピッチに入場したんだ。

めずらしくヒロが出場する試合だとわかり、

初めて私と一緒にサッカーを観に行ったんだ。」




ep.22に続く

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