手すり

神夜紗希

手すり

暗い夜道を歩き、

雑木林に囲まれた砂利道を進み、

足音だけがやけに響く中、

目的地に着いた。


そこは地元で有名な心霊スポット、

廃墟になった一軒家。


深夜2時。

臆する事なく足を踏み入れた。


玄関前に立つ。

人の気配はない。


静かに吹く風が周りの木々を揺らし、カサカサと葉の揺れる音がする。


一階と二階の割れた窓の向こうは闇に包まれていた。


「…これは、噂通り、だな。」


恐怖よりも期待に胸が躍り、思わず口角が上がる。

躊躇う事なく、玄関のドアを開けた。


目的は、階段の手すりだ。

その破片を持ち帰る。


ある界隈では、『呪いの手すり』と呼ばれている。


何十年も前、

父親が職を失ったその年に、

この家では一家全員が死んだ。


父親は家族全員を惨殺したのちに、

全員の首にロープを結び、

階段の手すりから吊るした。


最後は自分も、

その手すりにロープをかけて

首吊り自殺をしたらしい。


そこは廃墟となってからも、

心霊スポットとして若者が忍び込み

動画を上げられるなど、

生きてる人間が騒がしくしていた。


噂によると、その手すりに触れた者は呪われると。


その検証動画が何本も上げられては、

理由も分からないまま、全て削除されていった。


検索した一覧に削除された動画がズラリと並んだ時、「これだ…」と確信した。


本物の呪いを手に入れる事ができるのだ。

動画がこんなに削除されるなんて、

絶対におかしい。


廃墟に入り、まずは中を見渡す。

懐中電灯がないと何も見えない程の漆黒の闇に包まれていた。


今夜は新月だった。

割れた窓から差し込まれる光はない。


玄関先から中を照らすと、

目の前に階段があり、螺旋状となって二階へと続いていた。


木造二階建ての、立派な家だった。

手すりも木製で、綺麗な彫りが施されていた。


ここに家族全員が吊るされていたのか。

一階から二階へ懐中電灯の光をゆっくり移動させながら、そんな事を考える。


壁にはたくさんの落書きがされていた。

スプレーで書かれた文字が重なり合いながら主張している。


自分はそんな事に興味はない。

手すりの一部を持ち帰りたいだけだ。


玄関を上がり、肩からリュックを降ろしながらズカズカと階段に向かう。


持ってきた金槌をリュックから取り出し、

躊躇なく手すりに向かって振り下ろした。


ガンッガンッガンッ

ミシッ…


ガンッガンッガンッ

バキッ…


もう一度振り下ろすと、手すりの一部が

あっけなく折れて床に落ちた。


「これだけあればいいか…。」


拳大の折れた手すりを手に取る。


用は済んだと、リュックに金槌と手すりをしまい、懐中電灯を持ち玄関に向かいながら呟く。


「何が呪いの家だよ。何も起きねーじゃん。」


あの削除された動画も、もしかしたらそこまで計算されたフェイクだったのかもしれない。


あまりの呆気なさに少し期待が薄れたが、

やる価値はあるだろう、と気持ちを切り替える。


これであいつらに、呪いをばら撒いてやる事ができる。


毎日が最悪だった。


何かと注意してくる上司。

営業成績をひけらかす同僚。

小馬鹿にしてくる後輩。

メールを返さない出会い系で知り合った女。

SNSで悪口を言ってくる奴ら。

結婚だの孫だのうるさい親。

満員電車で手が当たったと騒ぐ女子高生。


もう、何もかも、ウンザリだった。


俺を認めない、バカにするやつら、

全員呪ってやる。


呪うだけなら、罪には問われない。

科学的根拠はないのだから。


「誰も本当の俺を見なかった。

だから、あいつらが悪いんだ。」

ブツブツ言いながら廃墟を後にする。


雑木林に囲まれた砂利道に入ると、

懐中電灯の明かりを頼りに夜道を歩く。


まずは誰に呪いをかけるか、

考えただけでワクワクした。


明日から、俺の周りが変わるんだ。


雑木林を進むと一般道が見えてきた。

街灯の明るさで地面が照らされている。


懐中電灯はもういらないな、と電源を落とす。


「まずは上司で試すか。あいつ、遅刻ぐらいでウザイんだよ…」

ブツブツ言いながら帰路を急ぐ。


その時、

ザワザワザワザワ…

背後の雑木林が、不穏に揺れた。


そんな事には気にも留めず、

早く、明日になれ、と思っていた。


——次の日、


目が覚めるといつも乗る電車に間に合わない時間だった。


まぁ、仕方ない。

昨日は夜遅かったから起きれないのは当たり前だ。


リビングに降りると、テーブルに朝食が置いてある。


いつもと同じ、白米と味噌汁と焼き鮭だ。


「たまには違うもん出せって言ってんだろ…」


ため息を吐きながら席に座り食べ始める。


母親は黙って洗い物をしている。

いつもは軽く謝罪の言葉があるが、今朝は何も言わなかった。


その態度にまたイライラするが、もう会社に行かなければいけない。


さっさと食べ終えると身支度をして家を出た。


外は曇天だった。

重く厚い雲が空を覆っていてやけに暗く感じる。


雨は降るなよ…そう思いながら鞄を持ち直す。

鞄の中には、手すりが入っている。


これを、気に入らないやつに触らせれば…


ニヤニヤしながら駅に向かう。


改札を抜けるとガヤガヤと大勢の人が階段から降りてくる。


(邪魔だな…手始めにこいつらにやるか…)


折れた手すりを手に持ち、自分の側を通る人間に当てていく。


一瞬感じる痛みに振り返る男性や、

「痛っ」と声を漏らす学生が居たが、

気にせずにそのまま進む。


乗車する時も、降りる人達に手すりを当てながら電車に乗り込んだ。


明日には、さっきの奴らは居ないかもしれない。

ニヤリと笑いながら空いている座席に座る。


会社のやつも、気に食わないやつには全員に当ててやる。

何ならもっと砕いて机や鞄に入れてやればいい。


もう、誰も俺を止められない。


会社に着くと、自分の机に向かった。

仕事を始めようと椅子に座ろうとした時、

上司に呼ばれた。


そして、クビだと言われた。


度重なる遅刻、

日頃の態度、

営業成績の低下、

顧客への態度の悪さ、

クレームの量。


上司は人事の人間と並んで、

俺にそんな事をつらつらと述べた。


心の中がドス黒くなっていくのが分かる。

頭の中でめちゃくちゃな感情が駆け回る。


やっぱりな。


やっぱりこいつらは、俺を認めない。


俺を、見ない。


——気付けば、辺り一面真っ赤になっていた。


手には、赤く染まった手すり。

周りには、赤く染まった上司や同僚。


俺を認めない、こいつらが悪いんだ。


ポタリ、ポタリと、血が滴る手すりを持ちながら移動する。


家に帰ろうと鞄を持ち、

会社通路に続くドアを開けた。


ガチャリ…


目の前に広がったのは、会社の通路ではなかった。


真っ暗な闇が広がる、廃墟の中だった。

そして、二階の階段の最上段に立っていた。


意味が分からなかった。


何が起きているのか、思考が追いつかない。

周りを、壁を、床を、自分をも確認する。


息が止まった。


先程まで持っていた会社用鞄は、ない。

リュックを背負っていた。


会社のスーツや靴では、ない。

ジーパンにトレーナー、履き潰したスニーカーを履いていた。


手には、血が付いていない、手すり。


「な、なんだ?!何なんだよ…さっきまで、会社に行ってただろ…?」


気持ち悪さから、思わず手に持っていた手すりを階段下に投げた。


ガンッ…ゴンッ…


音を立てて手すりの塊は一階に転がっていった。


「今は、昨日の、夜…なのか?」


時間の感覚がまるでバカになっている。


会社までの一連の全てが幻なのか、

今、目の前に広がる物が幻なのか、

判断ができない。


次第に息が荒くなっていく。


はぁっ…はぁっ…はぁっ…はぁっ…


荒い呼吸音に、異質な音が混ざった。


ミシリ…


階段を踏む音だ。


ミシリ…ミシリ…


何かが登ってくる。


そう思った時、階段から離れようと向きを変えた。


ドンッ—


ぶつかった。


目の前には真っ黒な闇。


闇の中に立つ、真っ黒な人影が、行手を塞いでいた。


見上げると、口があるであろう部分が開き、

ニヤリと不気味に笑う形に開いた。


「…っぁ」


声を出す間もなく、背後から強い力で首が引っ張られた。


ギシッ


気付けば、首にはロープが巻かれていて、

廃墟の手すりに吊るされていた。


「ぐっ…げぇ…っ」


苦しみ、もがき、体を揺らす。

ロープを外そうと、震える指でガリガリと引っ掻く。


もがいて体を揺らした拍子に、トンッと何かが体に当たる。


目線を横にズラしてぶつかった物を見た。


驚いて、目を見開く。


そこには、たくさんの人間が吊るされていた。

噂で聞いていた、家族だけじゃない。


きっと、自分と同じ人間…


サァァァっと全身の血の気が引いた。


先程より激しく首のロープを外そうともがく。

ヨダレや鼻水で手が滑る。


自分がもがけばもがく程、全員の体がぶつかりながら揺れて、手すりが音を立てる。


ギシッギシッ…


手すりが揺れると、更に、首がしまっていく。


「げ…ぇ…」


薄れゆく意識の中、

呪いの事が頭によぎる。


『手すりを触れた者は呪われる』


…そうか、

手すりに触ったのは、

俺だ。


誰かがこの階段を訪れるたび、

俺達は揺れる。


呪いの手すりの、一部となって。

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