006
道路上で、猫が死んでいた。まだあたたかそうに見えた。
僕は、スマホでどうすべきか調べていた。
明日香は、すぐに駆け寄って、そっと抱き上げた。
僕は、素手で触ったら汚いと、スマホの画面に書かれた文字を読んだ。
明日香は、「大丈夫だよ」と猫に声をかけていた。
僕は、調べた通り自治体の対応部署に電話をかけた。
明日香は、顔についていた泥や血をハンカチで拭っていた。
僕は、電話越しに言われた通り、そのままにしておくように彼女に言った。
明日香は、ちゃんと最後まで見てあげたい、と言った。
僕と明日香は、箱に猫を詰めて、近くの保健所に連れて行った。
僕は、そのあとずっと、あの時どうすべきだったのか考えていた。
明日香は、「つきあってくれてありがとう」と笑った。
道路上で、明日香が死んでいた。まだあたたかそうに見えた。
僕は、スマホでどうすべきか調べていた。
僕は、素手で触ったら汚いと、スマホの画面に書かれた文字を読んだ。
僕は、調べたとおり119番に電話を掛けた。
僕は、電話越しに言われた通り、心臓マッサージと人工呼吸を行った。
僕は、病院に行って、彼女を看取り、警察に聞かれたとおりに答えた。
僕は、そのあとずっと、あの時どうすべきだったのか考えていた。
僕は、僕は、僕は……。
「だから、猫が私に見えてるわけね」
「多分ね」
「でもさ、裸である必要ある?」
「猫が服着てるのっておかしいだろ」
「……えっち」
「しょうがないだろ」
「でもこれってさ、うちの猫が轢かれたときと同じじゃない?」
「全部の猫が死んだ猫にみえるって言ってたな」
「そうそう」
「あったなぁ。そんなこと」
「あのときさ、私に言ってくれたこと、覚えてる?」
「なんだっけ?」
「あのときね、明日香は正しいって言ってくれたんだよ」
「正しい?」
「大きなものが急になくなったんだから、どれぐらい悲しいかもわからないのはあたりまえだって」
「……」
「失ったものの大きさはゆっくり理解していけばいいって。理解できたら、きっとまた猫が飼えるってさ」
「なんか、偉そうだね」
「そう? 私はさ、嬉しかったよ。出会ったときから、あなたのそういうところが好きだったから」
「……そっか」
「言いたかったのはそれだけ。じゃあ、そろそろ行くね」
「また、会えるかな」
「さあね。ま、しばらくは失った私の大きさを噛みしめなさい」
「……ああ、そうさせてもらうよ」
***
朝の光が瞼に当たるのを感じて、僕は目を覚ました。直前まで大事な夢を見ていたような気がするが、どうにも思い出せない。
目は開いたものの、視界が妙にぼやけている。身体を起こすと小さな水滴が頬にかけて流れるのを感じた。
「あれ」
僕は泣いていた。そのことに気づくと、何故だか涙が止まらなくなった。
夢の内容は全く思い出せなかった。
ただ、何かとてつもなく大きなものを失った。その感覚だけが残っていて、みっともないほどに涙がこぼれてきた。
僕はその日、会社を休んだ。理由は特に言わなかった。
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