第5話 変わってない。お前は今もヒーローだ


 指先で俺の袖口をひかえめにつまんで、詩織は歩き出した。

 栗色のつむじを見下ろしながら、俺は自然と微笑んだ。

 不謹慎だけど、こんなにしおらしい詩織も悪くない。


   ◆


 カラオケ、ボウリング、それからスイーツを食べて、一緒に小物を眺めた。

 映画館は特に見たいものはなかった。

けど、来週封切られるのが良さそうで一緒に見る約束をした。


「あー楽しかった。今日はありがとうね蓮斗♪」

「どういたしまして」


 ショッピングモールを出た俺らは、また、家路の途中にある駅前へ向かっていた。

 あたりはすっかり夕日に染まって、学校帰りと思われる学生たちの姿も目立つ。

 スーツ姿の女性は早番か、ホワイト企業務めなのだろう。俺にはわかる。社畜の従姉妹と違って目が腐っていない。


 男は誰でもダンジョンで稼げる現代では、社畜や3Kは全て女性の仕事になっている。


 男性が9割を占めていたホームレスも、今では絶滅状態だ。


「にしてもボウリングは俺の完敗だったな」

「遊技場はレベルの使用禁止だからね」


 冒険者は、自分のレベルを好きに下げられる。

 超人的な力を持つ冒険者が日常生活を送れるのも、そのおかげだ。

 でないと、病院で注射も打てない。


「体育祭で詩織が活躍するところ見たら、学校のみんな驚くぞ」


 身長こそ伸び悩む詩織だけど、元ヒーロー様の運動神経は並じゃない。

 こう見えて中学時代も、体育祭女子部門では大活躍だったのだ。


「あはは、女子部門なんて真面目にやってる子いないよぉ。みんなピースしながら走ったりしてるし」


 世界中の男たちが超人化してから、女子スポーツの人気は急落している。

 そのせいで、女子運動部もいわゆるガチ勢が減少傾向にある。

 ダンジョンのせいで夢を絶たれた女子たちのことを思うと、なんだか後ろ暗い。


 ――俺がダンジョンを作ったわけじゃないのに、なんなんだろうなこの感覚。


 また、俺はジョブカードを意識した。


 ――これを詩織に。


 口を開こうとして、どうしても一歩が踏み出せなかった。

 なぜなら……。


 ――女子に使って、効果あるのか?


 原因はわからない。


 だが、事実として女子はジョブを持てない。

 なら、ジョブカードを使っても効果がないのではないか?


 ただ一方的にカードを浪費するだけではないか?


 そうなったら、ぬか喜びさせるだけだ。

 それでは余計に傷つけてしまう。

 それだけは避けたかった。


 ――でも。


 胃のあたりが重く沈んで、あごを引いて歩いた。

 どうしても妄想してしまう。

 幼い日のように、カッコよく戦う詩織の姿を。彼女が望む、本来の彼女を。


「は? 何お前女の癖に断ってんだよ? 男が付き合えって言ってんだろ?」


 聞き覚えのある下卑た声に足を止めた。

 場所は駅近くの公園。

 奥の噴水付近で、今朝の小柄な男子が仲間と一緒に女子グループの手首をつかんでいた。


「女は男に見初められてなんぼだろ? 選んでやったんだから喜べよ。頭悪いなお前」


 いつの時代の不良だと聞きたくなるような口調に辟易する。

 地面に唾を吐いてから、男子は値踏みするように女子たちを視線で舐め回した。


「や、やめてください」

「ゆるしてくださいぃ」


 女子たちは震えながら哀願する。

 なのに、小柄な男子はむしろ小鼻を膨らませて口角を上に歪めた。

 こいつ、そうとう性癖が歪んでいるぞ。


「通報するか」


 俺がスマホを取り出すと、もう詩織は動いてた。


「え?」


 突然の出来事を俺が把握する前に、詩織は男子達の前に飛び込んだ。


「待って! この人たち、嫌がっているじゃない! いくら男の人だからって、こんなの犯罪だよ!」


 虚を突かれたせいか、男たちはあっさりと手を離した。


「は?」


 と一瞬呆けてから、鼻にしわが寄った。


「てめぇ敷島! 朝はよくもバカにしてくれたな! 今は男連れじゃねぇか?」

「れ、蓮斗は関係ないでしょ!」


 小さな体で、詩織は凛々しく男子たちを睨みつける。

 その姿には、幼い日の雄姿を彷彿とさせた。

 俺が胸を熱くする一方で、男子たちは詩織の勇気を鼻で笑った。


「まぁいいや。なら代わりにお前が相手しろよ。なぁお前ら」

「そうだな。お前、そいつらのこと助けたいんだろ?」

「ヒーロー気取るなら必要だよなぁ、自己犠牲の精神ってやつが」


 下品に笑う三人に、詩織は一歩も引かずに語気を強めた。


「か、関係ないでしょ。わたしも、この子たちも……あなたたちと遊びません! どこかに行ってよ!」


 強気の詩織に、見知らぬ女子たちはすがるように身を縮めて隠れた。

 けど、遠目に見つめる俺は気づいていた。

 詩織の膝が、かすかに震えていることを。


 ――おまえ……。


 怖いに決まっている。

 相手はモンスター相手に殴り勝てるような人型怪物。

 気分一つで詩織なんて粉々だ。

 朝、自分が絡まれた時は怯えて動けなかったくせに……。


 いままでも、俺の見ていないところで、こうして損な役回りをしていたのかもしれない。


 胸の奥に宿った熱が確かな火となり、手に汗を握った。

 変わっていない。

 やっぱり詩織は何も変わっていない。


 ――お前はいつまで経っても、正義の味方シキシマンだよ。


 自然と持ち上がるまぶたと一緒に、俺は覚悟を決めた。





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