第2話 俺はまだ知らない、女の子にジョブを与えた結果を


 翌朝。

 俺は通学路を歩きながら、昨晩のことを思い出していた。


 赤信号を待つ同じ制服姿の男子たちの職業は、俺の知る限りでは剣士に弓兵、召喚術師にアサシンにヒーラーだ。


 では、俺は?

 ガチャマスター。

 それが俺のジョブだ。


 能力は一日一回、ログインボーナスでガチャを引いてランダムにカードを一枚得ること。それだけだ。


 戦士でも術師でもないためか、能力傾向はバランス型という名の器用貧乏。

 ジョブに応じてスキルという異能の力が手に入るのだが、戦闘系スキルはなし。


 そうそうにクラスメイトから戦力外通告されてソロになった中学一年の夕日を俺は忘れない。るるる~。


 信号が青になると、横断歩道を渡り、対抗歩道の先に佇む校舎を望んだ。

 周囲の男子たちは、今日も今日とて朝からダンジョンの話題に夢中だった。


「おはよう。昨日のダンジョンで俺、レベル上がったんだ」

「じゃあ放課後一緒に潜ろうぜ。俺も新しい魔法覚えてさ」

「そういやお前、黒魔術師だったな。攻撃魔法はお手のものってか?」


 知り合同士が挨拶を交わす玄関で上履きに履き替える間も、俺の頭の中はジョブカードでいっぱいだった。


 ウィンドウの説明文曰く、解放した相手にジョブを与えるらしい。


 なら、もしもこれを女子に使用するとどうなるのだろうか?

 モンスター相手に戦う詩織を想像して、昨夜は眠れなかった。

 

   ◆


 教室のドアを開けると、男子達がデカイ声でダンジョンの話をしていた。


「昨日ローレンシャーク倒してさ、売った金で新しいスマホ買ったぜ」

「それって6G通信基地局の資材になる奴だっけ?」

「おう、6G社会に貢献しちゃったよ。まぁ俺ら男なら当然だよな」

「そうそう、世界は俺ら男が回しているんだからさ」

「ダンジョン素材はレアメタルやレアアースを超える世界経済の要だからな」


 誰に向けて言っているのか、母親にパンツを洗ってもらっている身分で随分と偉そうだ。


 朝のゴミ出しを忘れて母さんから便所掃除の刑に処されている俺を見習え。

 登校そうそう気分が悪くなる。


 席につくと、機嫌直しに今日の分のログボガチャを回した。


【★1 ポーション:飲むと疲れが吹き飛ぶ。爽やかなブルーハワイ味】


 これは妹にあげよう。

 毎年夏になるとかき氷で舌を青く染めているからな。

 我が家のチビ姫が愛犬を抱いて寝ている写真を眺め、心を丸くする。

 その矢先、


「そんでブラックハウンドが飛び掛かってきたからこうバッと」


 机の上に座る男子が腕を横に振るった。

 勢いあまり、隣の席の女子の顔を打った。

 小さな悲鳴。

 男子は顔をしかめて、


「……そんで俺の一撃で一掃だぜぇ♪ 新技マジ最高、放課後このメンバーでダンジョン行こうぜ!」


 何事も無かったかのように有頂天になって舌を回した。

 顔を叩かれた女子はうつむいて、他の女子がかばうように抱く。


 近くの席に座っていた詩織が、くちびるをきゅっと硬くしている。机の下では小さな拳を作った。


 でも、椅子から浮かしかけた腰は、すとんとまた席に着いてしまう。

 女子たちは男子から逃げるように席を立って、教室のうしろへ移動した。

 その姿に、詩織は悲しそうに眉を八の字に垂らしてうつむいた。


 忸怩たる想いにまみれた幼馴染を目にすると、胸の奥がぐっと締め付けられるようだった。


 自然と、昨夜手に入れた魔法戦士のジョブカードを意識する。


 このカードを使えば、ガチャマスターの俺もちゃんとした戦闘スキルを得られる。なんて魅力的な選択だろう。


 苦節三年、ついに俺も魔法を使える日が……。

 戦力外通告をされた中学一年の夕日を思い出す。


 ショートソードで一人、孤独にゴブリンと互角の戦いをしていた頃の自分に教えてあげたい。


 それにジョブカードなんて聞いたことがない。

 売れば、どれほどの値がつくかわからない。

 オークションにかければ、それだけで一財産だ。

 どちらを選んでも、黄金のバラが咲き乱れる未来ではないか。

 小躍りしながらラップを刻みたくなるね。

 でも……。


「…………」


 悔しそうな詩織の横顔を盗み見る。

 やっぱり、彼女のことが気にかかる。

 詩織を魔法戦士にして、二人で一緒にダンジョン探索。


 クソ生意気なイキリ男子たちを成敗する詩織。

 正義の味方、シキシマンの復活。

 胸が熱くなる。


 それは、俺が魔法で火遊びしたり、成金になるよりもずっと有意義で価値のあることのように思えた。


 金は金よりも大切なものを守るためにある。

 なんてカッコいいことを詩織に言ったのは俺だ。

 有言実行。

 今すぐにでも彼女にこのカードを解放するべきだろう。

 ただ、いくつかの疑問が頭の奥に引っかかる。


 ――このカードって、女子に使ったら……。


「おい敷島、お前なにさっきから見てんだよ?」


 下卑た声に意識を引き戻された。

 さっきの男子たち……の隣にいた男子が詩織に詰め寄っていた。

 せめてさっきの男子であれよ。お前誰だよ。他のクラス?


「い、いや、わたしは……」


 蛇に睨まれたハムスターのように縮こまり、震える詩織。

 その姿に男子は小鼻を膨らませる。

 なんて特殊な性癖の持ち主だろう。いますぐシバきたい。


「もしかしてオレに相手して欲しいのか? いいぞ。お前チビだけど胸はデカイからな。つうかそれ本物か? 確かめてやろうか?」

「ぁぅ……」


 コンプレックスを指摘されて、詩織は弱々しくうつむいた。

 俺も、冗談を考える余裕を失う。

 泣きそうな顔で頬を赤く染めながらも、詩織は懸命に抗った。


「いや、です……」


 よく言った。

 詩織の頑張りを全力で応援してやりたい。放課後はコンビニでハーゲンダッツだ。

 そして男子にはどこかに消えろと念を送った。

 けれど、男子は鼻にしわを集めた。


「は? お前何断ってるんだよ? 男のオレが相手してやるって言ってんの。別に正式にオレの女になれとか結婚しろとか言ってるわけじゃねぇだろ。何勘違いしてんだよドチビ。放課後相手しろって言ってんだよ女のくせに空気読めねぇのかよ」


「いや、でも……」


 言葉に苛立ちを込める男子の低い声音に、詩織はさらに萎縮してしまう。

 俺は苛立ちを通り越して、敵意すら湧いてきた。

 このバカと、同じ男という共通項があることすら許せない。


「誰のおかげで生活できていると思っているんだ? オレら男がダンジョンで命張って戦っているからだろ?」


 漫画に出てくる悪役のように、今どき男子を誇張した語気で詩織に言い含めてくる。


「お前が使っているスマホだって6G通信だって、米を育てる肥料だってそうだ。オレらがいるからお前ら女は呑気に過ごしていられるんだぞ? 女のくせに男に対する感謝の気持ちが足りないんじゃないか?」


 いくら男尊女卑が進んだと言っても、ここまで露骨なセリフを吐く奴は初めてだ。

 ネットの書き込みでしか見ないような主張を、愚鈍な顔で平然と並べたてやがる。


 ――落ち着け俺。ここで出て行っても、余計にこじれるだけだ。そろそろ先生が来る。そうすればお開き。詩織には後で何か奢ってあげればいい。去年まではそうしていたじゃないか。


「解ったらスマホ出せよ。LINE交換するぞ」


 男子の手が、詩織に伸びた。

 俺の理性が、静かにGOサインを出した。


「詩織は俺と先約があるんだが?」


 俺が席を立つと、相手の男子は表情を硬くした。

 座った詩織との対比で気づかなかったけど、こいつこそ俺よりチビだった。


 ダンジョン時代になっても身長、という原始的スペックによる威圧感には弱いらしい。


 男子は初対面の俺に怯んでいる。


「女がどうこう言うなら男の俺ならどうなんだ? 女巡って決闘する度胸あんのか? あん?」


 わざと恫喝めいた口調で詰めよってみる。

 非暴力不服従の精神を体現する俺らしくもない態度に、詩織は目を丸くしている。


 相手の男子と睨み合うこと数秒。

プライドを守るように鼻で笑ってきた。


「はんっ、人の女取るほど困ってねぇよ。マジになるなって」


 初対面で冒険者スペック不明の俺に恐れをなしたのか、あっさり引き下がる。



「でも見直したぜ。ちゃんと男に取り入っているみたいじゃねえか。その胸なら、守ってくれる男はいくらでもいるだろうしな」


 嫌味のつもりなのだろうが、負け惜しみの捨て台詞が余計に小物っぽい。


 ――あーあ、まだ四月だってのに、高校デビューそうそうやらかしちまったな。


 俺の正体がガチャマスターだと知ったら報復にくるかもしれない。

 けど、後悔は無い。

 詩織のアフターフォローの為、俺は隣の幼馴染へ振り返った。



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