シリーズ、月に還る(人類の偉業)

アイス・アルジ

1、人類の偉業

 1969 年 7月 21日、ニァ・アムゥストロングが平坦な月面上に人類初の足跡を残した。アポル11号が月面着陸の偉業を果たしてから60余年、人類は再び〝月〟に還ってきた。


 アポル11号が着陸した、〝静カ海〟の一角、ラワァウクレーターの北西側一帯は、人類の貴重な歴史的遺産保護区域に指定され、立ち入りおよび衛星などの上空通過が禁止されてきた。

 不慮の事故あるいはテロ、過激な月保護集団、違法な宇宙開発抗議団体などによる破壊工作、陰謀論者や国家の闇組織による敵対行動などから保護することが、目的とされた。しかし誰が、わざわざ月面までいって破壊工作を実施するというのか。

 今ではアポル11号の着陸跡、着陸機の台座、残された機材やUSアメレカ国旗を望遠撮影した(とされる)精度の高い衛星写真も公開されている。ただ、いまだにアポルの偉業は捏造だ、との陰謀論が残っている。(保護区域指定も、裏の意味があるのかもしれないとも)


 人類は月に還ってきた。USアメレカ(連合同盟)、EU/S 機構、C共国、Inds 国の宇宙基地が建設され、月面の有人探査、滞在隊員の数も増えている。それでも、破壊工作者が紛れ込む可能性は(今もって)ほとんどないだろうが、しだいに無視できる状況ではなくなりつつあった。アポル遺産保護の重要性は、年々増している。(USアメレカのみならず、全世界にとって)


 保護区域の警備強化のため、現地調査が実施されることになった。US/NAS 宇宙局と情報管理局による厳重な身元検査が行われ、合格した3名のUSアメレカ市民(隊員)が、静カ海に向かうことになった。(私=メル は、日本人の血が混じっていたが、調査隊員の一人として選ばれた。主な任務は写真撮影である)

 アポル11号の着陸地点、通称〝 Mr.F (First Moon-round)〟に人類が再び立ち入るのは感慨深く(人類代表として)かつての偉業を追体験するような特別な、宗教的儀式めいた感覚さえ起こさせる出来事でもあった。


 11号の残した偉跡(現代遺跡)に近づくためには、オリジナルの痕跡をなるべく壊さないよう細心の注意が必要だった。我々三名は、ミスを犯さないよう訓練を重ねた。

 機材を背負い、徒歩で向かうことになった。徒歩が最も安全な方法だった。ローバーでは、タイヤ痕で月面を荒らしてしまうし、ロケットでは噴射により、貴重な痕跡〝足跡〟を吹き消してしまう怖れがある。空気のない月ではドローンを飛ばすこともできない。 


 静カ海に基地はない。水資源がある可能性が高い極域や山岳地帯に、各国の基地が競うように造られた。なるべく静カ海に近い山岳地帯にある基地からでも、 Mr.F へ向かうのは貴重なアポル遺産保護が目的の調査といえども、かなりのコストがかかる。

 将来の月観光資源開発のため、との目論見もあるようだ。近い将来、民間の月旅行が解禁されれば Mr.F は観光の目玉になることは間違いないだろう。コストをかけるだけの価値があるというわけだ。


 我々は 1600m 手前でローバーを降り、徒歩で中心地へ向かった。隊長 (Lon-nazig=ロン) は調査機材、副隊長 (Hiro-chue=ヒロ) は主に通信機材、私 (Meru-shima=メル) は撮影機材を担いで、事前に決められたルートを歩き始めた。

「ミッド地点到着。ヒロ、メル、準備はいいか」

「了解」

「第三基地、これから徒歩で目標へ向かう」

「こちら基地三(スリー)。ロン、通信良好、よろしく」


 往復三時間半の任務になる。月の重力は小さいが(昔の映像を見ればわかるように)比較的平坦な静カ海とはいえ、宇宙服で歩くことは、いがいに時間がかかる。往復で二時間、現地調査は一時間半以内だけとなる。

 酸素の余裕が少ないという理由もあり、無駄話は止めて歩行に集中する。会話をするだけでも酸素消費量が増えてしまう。


 400m 手前まできた。隊長から新たな指示があった。

「重要な任務変更がある」

「ヒロ、メル、二人はここで待機。私一人で Mr.F へ向かう」

「えぇ?」

「我々が残す足跡も最小限にしなければならない。ここに通信設備を設置し、映像は望遠で撮ること。現場のようすは私が手持ちのカメラで撮影する」

「どうして……」

「ここまできて……」


 二人の顔に怪訝が広がったが、宇宙ヘルメットの中のお互いの顔色は見えなかった。月面での一人での単独任務(行動)は、リスク回避の面からも許されていないが、貴重な遺産保護のための例外的任務だと知らされれば、納得せざるを得ない。

 Mr.F にたどり着けないのは(眼前に、目にすることができないのは)残念でもあったが、小型カメラをロン隊長に手渡し、二人はその場から後姿を見送った。


 なぜ事前に知らせてくれなかったのだろうか?

「メル、おかしくないか?」

「さあな……」 

 ローバーでの馬鹿話のためだろうか? 


 決して、心から信じていたわけではないが(少しでも陰謀論に関心を示すようであれば、調査隊員として選ばれるはずはなかったが……)

 つい陰謀論について、無駄口が出てしまったといわれれば、そのとおりだが…… 隊長に疑念を与えてしまったのかもしれない。


 どう考えても…… 


 ――アポル以前(USアメレカは負けた)、USアメレカに先がけUSSPのユィ・ガァガリンが人類初の有人宇宙飛行に成功している。しかし、いきなり有人飛行の実現へと(無謀な)チャレンジが行われたわけではなかった。

 事前にはライカ犬による、最終テスト飛行が実行されている。無人では成功しているとはいえ、有人宇宙飛行となると、たとえ当時のUSSP宇宙局であっても(それほど)人命を重視していたことになる。(失敗が許されなかったせいかもしれないが)

 いずれにしろ(何しろ)誰も経験したことがない〝宇宙飛行(大気圏外)〟である。当時の科学知識では、人体に何が起こるか想像もできなかっただろう。慎重になるのは当然だった――


 ――ところが、アポルの目標は人類初の〝有人月着陸〟だ。有人宇宙飛行とは比べ物にならないほど大きく、難しいチャレンジだ。何が起こるか全く予測も、想像もできない。

 着陸したとたん、月面が砂地獄のように沈むかもしれないし、突然足元が崩れ大穴が現れるかもしれない。(……月人の攻撃があるかもしれない? なんて……まさか)

 たしかに観測機がいくつも月面に到達していたし、月面は安定しているようにみえた。しかし、着陸予定地の月面は事前に調査されてはいなかった。

 不測の事態が起きれば、確実に、永久に地球に戻ることはできない。

(大気圏外の有人宇宙飛行であれば、不測の事態が起きても、なんとか地球に帰還できる可能性はあった。しかし月となると、はるかに遠く、手が届かない場所だ)

 はたして(本当に)一発勝負で、有人月着陸を強行しただろうか?

 考えるほどに、疑問が膨らむ。いくら、当時の宇宙開発競争が激しく、ケネデス大統領からのプレッシャーが強かったとしても、失敗すれば元も子もない(赤っ恥だし、非難もされるだろう、人権を重視するUSアメレカのプロジェクトとしても……)――

 

 ――どう考えても(少なくとも一度は)無人機による着陸リハーサルを行うのが当然だろう。(地球でさえ着陸テストは行われていない。もっとも重力が違い、実施する意味はなかっただろうが)

 月着陸はでっち上げだ、という陰謀論は未だに消えていないが、いかにもの暴論ばかりで、論理的な意見は少ないように思う――


 ――疑念…… もしかしたら(実は)11号は、無人の着陸リハーサルではなかったのか?

 成功を焦っていたUSアメレカ政府 (宇宙局) は、リハーサルを本番として発表する、苦渋(極秘)の決断をしたのではないか? リハーサルだとしても着陸に成功すれば、事実となる(人が乗っていたかどうかなんて、たいして重要じゃない…… 月着陸はもはや人間の勝利ではなく、テクノロジーの勝利なのだ)——


 ――映像は? 事前に撮影しておくしかないが、当時は国際会議などの記録写真でさえ、実際の会議(リアル)ではなく、事前に(あるいは事後に)スタッフがおぜん立てして撮影した、綺麗な写真を使うことが恒だった。

 どのみち、アポル11の発表用の公式写真は事前にスタジオで撮影することになるのだ。ピントのボケたような映像はテレビ中継だけで十分だ。(誰も、地球から確認することはできないのだ。ごくわずかな人が知るだけだ)

 しかし、やはり捏造ということになるのでは? (そうかもしれない)三名のアポル11号搭乗隊員の、その後の人生を見れば、何らかの謎が隠されているのでは……? と思わせるものが感じとれる(たとえ、どれほど口をつぐんでいたとしても……)——


(いや、いやそんなことは…… それこそ陰謀論に毒されているということだ)


「まさか(今となってまで)陰謀の一端を担わされることはないだろう……」

「そう……」

「ありえないと思うが……」

 ヒロとメル、二人は中継基地の設営を始めた。


 ロン隊長は Mr.F に着くと、国家最高機密の極秘任務を開始した。ヒロとメルには、この任務を手伝わせたくなかった。(あの二人はまだ若い)

 なるべく痕跡を残さないよう、三点支持の台に荷物をおろし、四本脚の蜘蛛の様な装置を取り出した。

 〝蜘蛛〟は、足跡を慎重に消しながら、ゆっくりと歩き出した。やがて着陸台の梯子の下につくと、蜘蛛の本体に取り付けられていた足形が現れ、柔らかく、細かな砂状の月面に、あの有名な〝足跡〟と全く同じ足跡を着けた。それから動線に従って、いかにも人間が歩きまわったように足跡を残していった。


 ロン隊長は、荷物から当時の機材のコピーを取り出すと、計測器で位置を確かめながら機材を設置しては、現場の状況(証拠)写真を撮った。最後にポッドを組み立て、USアメレカ国旗を立てた。

 残してきた二人には、このようすが見えるかもしれない。月面に横たわった国旗と、立て直した国旗、その経過を撮った写真を記録した。そして国旗に向かい敬礼した。


「俺だけが、口をつぐめばいいことだ……」

 俺はもう引退すべき歳だ。この仕事を最後に、地球の底に引きこもろう。

 俺は、あの当時まだ幼かったが、アポル11号の偉業をこの目で(テレビを通してだが)たしかに実際に見た。あの時、世界は一つの〝感動〟に包まれていた。人が生きるためには感動が必要だ。俺には、あの感動を守らなければならない、守らなければならない思い出がある。嘘と疑惑の渦巻いた世界は、もう終わりにしよう。

「俺だけが……」


 戻ったら、倒れていた国旗を立て直したと報告しよう。本来は手を触れてはいけない決まりだが、善良な一USアメレカ市民として、国旗が倒れたまま(立て直すことなく)基地に戻ることはできなかったと。二人にも納得してもらえるはずだ。

 国旗が倒れていた原因は不明だ、空気がない月といえども、60年以上もたてば倒れることもあるだろうと、誰しもが、そう思うことだろう。


(人間の歴史はこうして紡がれる。歴史は記録の中に残され、リアルは、記憶とともに消えるのだ)

 実際、私(メル)は(信じている)ロン隊長の異常な行動は目にしなかった。これでアポロに関する疑念は解消するだろうし、やがて、誰もが〝真実〟を目にすることが可能になるだろう。

 Mr.F は伝説的(やがて神話的)記念物となり、USアメレカの名誉、人類の偉業は永遠となる。




(2025/12/29)

     

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