■エピローグ
彼女は、リンゴのドライフルーツが好きだった。苦手なものはチョコらしい。知らなかった。
好みを聞こうとしなければ、きっと何も考えず買ってしまっていた。
ずっと好きだったのに、本当に何も知らなかったんだと思い知った。
そりゃ、0点にもなるわけだ。
僕たちは今、同じドライフルーツの袋を手に帰路についている。
隣同士で、歩幅を合わせながら。
「……や、山岸さん……?」
「何?」
僕は相変わらず心臓がうるさいというのに、彼女は何ともない顔で、静かにドライフルーツをむしゃむしゃと食べている。
それに引き換え、僕は今食べているリンゴの味すら分からない。1つの疑問が味覚すら塗り替えるほど、頭の中を埋め尽くしていたからだ。
「山岸さんはその……ぼ、僕とこう……一緒に並んで……いいの……?」
山岸さんは、不思議そうな顔で僕を見た。
「佐々木くんはそうしたくて、校舎裏に呼び出したんじゃないの?」
「!?……そ、そうだけど……ッ!」
予想外の山岸さんのカウンターに、僕はたじろいでしまった。
僕は小さく両手を振りながら、情けなく上ずった声を絞り出した。
「だ、だって……僕まだ、オッケー……貰ってないし……ムグっ!」
僕の口は、不意に何かに塞がれて言葉を失った。一拍置いてほんのりとリンゴの香りが口の中に広がる。彼女がドライフルーツを口に突っ込んだのだと、理解した。
「0点って言っただけ。断ってない」
「え……っ」
───それって……もしかして……。
「……オッケー……って、こと?」
「100点にならないとダメ」
彼女はそれだけ短く答えると、またドライフルーツを食べ始めた。
やっぱり、「100点になったらオッケー」って…言ってるよね……?
彼女が今どんな表情をしているのかが気になって、視線だけチラリと向けた。
しかし隣に並んでいるせいで、長いまつ毛に隠れた瞳は見えない。ついつい覗き込みたくなってしまったが、その気持ちを慌てて押し殺す。
確認したいのにこれ以上何も喋ることができず、気付けばいつの間にか駅前に着いてしまった。
僕の乗る電車は、彼女とは反対のホームだ。この改札をくぐったら、今日はもうお別れになってしまう。
山岸さんは階段を登り始めた。
もう、猶予はなかった。
「や、山岸さん……!」
小心者の僕は、人生で1番の勇気を振り絞った。
「僕、山岸さんから、100点貰えるように頑張るよ」
そして小さな彼女は、僕を見下ろしながら、満足そうな顔で言った。
「卒業するまでだからね」
それだけ答えて、彼女は反対のホームへ走って行ってしまった。電車が到着するアナウンスが鳴ってしまったのだ。時間切れだ。
僕は肩をすくめながら、ベンチで電車を待つ。
するとほどなくして、鞄の中から着信音が聞こえてきた。メールだ。
なんだろうと思いながら携帯を開く。
「───あ……っ」
思いがけない不意打ちを受けて、声にならない息が漏れ、収まっていたはずの鼓動も再び暴れだした。
そして僕は、そのメールをすぐに保存した。
『ちなみにさっきの宣言、おまけで50点ぐらいあげる。ガンバレ 山岸』
採点係の山岸さん 古里古 @karu6935
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