第四話 陰陽師との遭遇

羅生門での高座が終わり、辺りがわずかに白み始めた頃。

公平は、酒呑童子と茨木童子という、人間界で言えば「最強のボディガード」二名(ただし鬼)を従えて、次の巡業地である六道珍皇寺へ向かって歩いていた。

「しかし、閻魔様の部下とは、また手強い客じゃな」

「ええ。人間が最も恐れる『死後の審判』をネタにしないと、笑わせられそうにありません」

公平がブツブツとネタの構想を練っていると、酒呑童子が不機嫌そうに唸った。

「おい、こんぺい。なんだか鬱陶しい気配がするぞ。ワシらの邪魔をする、血の気の薄いヤツじゃ」

茨木童子も警戒するように、羅生門の瓦礫の影を睨みつけた。

「フン。おそらく、人間の中でも厄介な『術師』の類いだろう。この京の都には、昔からそういう輩がウヨウヨいる」

鬼二人にそう言われ、公平は足取りを速めようとした。このまま鬼と人間が鉢合わせるのは避けたかった。

その時、ズン、と公平の肩に強い力がかかった。

公平は、目の前の空間がねじ曲がるような感覚を覚えた。そして、気づけば酒呑童子たちの巨大な姿は消え、そこには、黒い狩衣のようなものを着た、細身の男が立っていた。

男は公平の肩を鋭い目つきで掴んで離さない。

「あんた……何者だ」

公平は、突然のことで混乱し、目を白黒させた。男の背後では、酒呑童子と茨木童子が、姿を消されたことに気づき、怒りの地響きを立てていた。

「え、あ、あの、僕は、ただの前座見習いで……」

「とぼけるな! あんたの周りの瘴気(しょうき)は、並の人間が発するものではない! さっきまであんたを囲んでいた、あの巨大な『鬼の気配』は何だ!?」

公平は、その男が、酒呑童子や茨木童子、そして自分を取り巻く妖怪たちの存在を、はっきりと認識していることに気づいた。

「……え? あ、あんた、僕の周りにいた鬼の姿が……見えるのかい?」

公平が恐る恐る尋ねると、男は眉間に深い皺を刻んだ。

「当たり前だ! 私は、安倍金吉(あべのきんきち)。代々、京の闇を祓ってきた安倍晴明(あべのせいめい)の血を継ぐ陰陽師だ! あんたのような人間が、なぜ何の加護もなく、あんな大妖怪たちとつるんでいるのか、説明してもらおうか!」

安倍金吉は、その場に結界を張ったのか、酒呑童子たちの唸り声は聞こえるものの、彼らは公平に近づくことができないようだった。

「あんたの口から、妖怪どもが腹を抱えて笑う気配が漏れ出ている。殺生石を割ったという噂も聞いているぞ。あんたは、人間界と異界の秩序を乱している!」

公平は、目の前の男の真剣な怒りに、たじろいだ。

「あの……その『秩序を乱している』ってのは、僕の落語のせいですかね……?」

「落語?」金吉は、心底わけがわからないという表情をした。「あんたは、妖怪を調伏(ちょうぶく)するどころか、喜ばせているではないか! 一体、どんな術を使った!」

公平は、意を決して答えた。

「僕は術なんて使っていません! ただ、闇落語という、人間が最も恐れる部分をネタにした噺を、彼らに聞かせているだけです!」

金吉は、公平の言葉に耳を疑った。

「闇落語……? 妖怪を笑わせることで、力を得るか? まったく聞いたことがない! だが、あんたの存在は、看過できない」

金吉は、狩衣の袖から、五芒星の印が描かれた札を取り出した。

「私は、あんたを今すぐ祓うべきだ。だが、あんたからは、悪意ではなく『困惑』の気配しか感じない。一度、あんたのその『闇落語』とやらを聞かせてもらう。もしそれが、京の都を脅かす悪意なら、容赦はしない!」

金吉が張った結界の向こう側では、酒呑童子が金棒を振り上げ、「茨木! 結界を破れ! ワシらの噺家に何をしとる!」と怒鳴っている。

公平は、最強の陰陽師と最強の鬼の板挟みになりながら、深いため息をついた。

「わ、わかりました。じゃあ、次の高座、六道珍皇寺の井戸で、一席お付き合いください……陰陽師のお客様」

こうして、公平の闇巡業に、新たな厄介な観客が加わることになったのだった。

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