第三話 羅生門の鬼と『鬼の洗濯』
殺生石の事件から数日後。
前座見習い・目黒亭こんぺいは、京都の羅生門に立っていた。今や公平にとって、廃墟や霊場は「巡業先」としてすっかりお馴染みになってしまった。
「京都かぁ……。修学旅行以来だけど、まさかこんな形で来るとはな」
公平が羅生門の巨大な瓦礫の前に着くと、そこはすでに異様な熱気に包まれていた。
「おや、来たか、闇落語家」
低い、地鳴りのような声が響いた。
瓦礫の上に、堂々と胡坐(あぐら)をかいているのは、赤く巨大な体躯を持つ、鬼の中の鬼、酒呑童子(しゅてんどうじ)だった。その隣には、彼に劣らぬ威圧感を放つ、盟友の茨木童子(いばらきどうじ)が控えている。
そしてその周囲には、数十、いや数百に及ぶ鬼の集団が、公平を一斉に見つめていた。中には、酒を飲み交わし、斧や金棒を肩に担いでいる者もいる。
「ひいっ……」公平は思わず後ずさった。「酒呑童子までいらっしゃるなんて聞いてない!」
「フン。ワシの舎弟の茨木が、お主の噺に夢中になってな。ついでの見物じゃ」酒呑童子は、公平を値踏みするように睨みつけた。「殺生石を笑いで割った小僧。見せてもらおうか、お主の悪(わる)への美学を」
茨木童子は、目を血走らせて公平に迫った。
「こんぺい! 殺生石での『九尾の狐のストレス解消法』、最高だったぞ! 人間どもが心の奥底で恐れている、見えない破滅! あれこそが、真の笑いだ!」
「あ、ありがとうございます……」
(ダメだ、この人たち、褒め方が、倫理観を完全に振り切っている!)
酒呑童子が一歩踏み出し、巨大な手のひらを差し出した。
「さあ、高座へ上がれ。今日の演目は、もちろん、このワシらを心底から笑わせる、『鬼が笑う』ような噺だろうな?」
公平は、羅生門の石段を、覚悟を決めて上がった。目の前に座る鬼たちの圧力が凄まじい。普通の人間なら、恐怖で失禁してしまいそうな状況だ。
(よし。鬼が笑う噺……。鬼にとっての恐怖とは、『自分たちの存在意義の否定』、つまり『鬼なのに人間よりも鬼らしい存在』だ!)
公平は、震える声を奮い立たせ、演目を告げた。
「えー、では、羅生門での高座。『鬼の洗濯』を、一席お付き合いください!」
(鬼のボス「おい、最近の若手は覇気がねぇな! 人間を襲うにも、スマホで予約制だし、魂もキャッシュレスで受け取るし……」
若手鬼「だってボス、最近の人間、襲う前に自分で勝手に絶望して、魂の味が薄いんですよ」
ボス「フン! 嘆かわしい! 昔はもっとこう、貪欲で、欲深くて、魂が濃厚な人間がゴロゴロいたもんだ!」
若手鬼「しょうがないですよ。最近、人間界で流行ってる『自己責任』ってシステム、あれが最強すぎるんです」
ボス「自己責任?」
若手鬼「ええ。人間が、全てを自分で壊し、全てを自分のせいにして、誰にも助けを求めず、ひっそりと孤独に死んでいくシステムですよ。我々鬼が、手出しをする隙すら与えない」
その話を聞いた瞬間、ボス鬼は、ワナワナと震えだした。
ボス鬼「それは……それはあまりにも……非人道的だ!」
若手鬼「そうですよ。我々がいくら恐ろしいことをしても、人間は『所詮、鬼だから』と割り切れる。しかし、『人間が、人間を、鬼以上に非道に扱うこと』……あれこそが、我々鬼の存在意義を根底から揺るがす、最も恐ろしい『鬼の洗濯』です」)
オチが決まった瞬間、羅生門を囲む数百の鬼たちは、一瞬の沈黙の後、激震するほどの爆笑を放った。
ドッゴオォォォン!!
「非人道的! 非人道的じゃ!」
酒呑童子は、自分の金棒を羅生門の地面に叩きつけ、体全体を揺らして笑った。彼の目から、巨大な涙が流れ落ちる。
「人間! 人間とは、なんと恐ろしい生き物なのか! 我々鬼の出る幕がないではないか! 笑える! 笑えるぞ!」
茨木童子は、感動で立ち上がった。
「こんぺい! お主は真の芸術家だ! 鬼が最も恐れる『人間の真の悪意』を、見事にコメディに昇華した!」
鬼たちは皆、腹を抱え、涙を流し、「鬼が敗北した!」「人間は凄まじい!」と口々に叫んだ。羅生門全体が、鬼たちの笑いの振動で、今にも崩れ落ちそうだった。
酒呑童子は、笑い疲れて座り込むと、公平に言った。
「よし、こんぺい。お主の才は認めよう。今日から、お主はワシら大鬼連の御用達じゃ」
「あ、ありがとうございます……」
(最悪だ。日本最強の鬼のトップに目をつけられてしまった!)
「さて、次はどこへ行くのだ?」酒呑童子が尋ねた。
公平は、師匠に嘘をついて勝手に組んだ、手書きの巡業スケジュールをチラリと見た。
「えーっと、次は……京都の六道珍皇寺の井戸で、閻魔大王の部下を笑わせる、って予定になってます」
「フン。次は冥界か。いい趣味じゃ」酒呑童子は、楽しそうに笑い飛ばした。「ならば、ワシらもついていく。お主の噺を聞いていると、生きるのが楽しくて仕方がないわ!」
こうして、前座見習い・目黒亭こんぺいの「闇落語」巡業は、鬼の頭目である酒呑童子と茨木童子を従えるという、さらに予想外の展開を迎えるのだった。
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