第五話 冥界への扉と「ズレた笑い」
京都、六道珍皇寺。閻魔大王に通じるという伝説の井戸の前に、公平は立っていた。
酒呑童子と茨木童子が、巨大な体躯を縮めて井戸の縁に待機し、安倍金吉は、警戒心丸出しで公平のすぐ隣に立っている。
「本当にこの井戸の底でやるのか?」金吉は公平を見下ろした。「ここは冥界の入り口だぞ」
「ええ。閻魔様の部下である『冥官(みょうかん)』たちが、休憩時間に見物に来るってことになってますから」
公平は意を決し、提灯お化けに道案内をさせながら、井戸の中へ入っていった。井戸の底は広く、小さな「高座」が設けられていた。
今日の聴衆は、冥官たちだ。彼らは生前の罪を裁く役人であるため、人間が持つ「罪悪感」や「理不尽」といった感情に最も触れているはずだ。
公平は、用意していた演目を始めた。
「えー、では、閻魔様の部下にお集まりいただき光栄です。本日の演目、『地獄の部署異動』を、一席お付き合いください!」
(閻魔様「おい、お前、最近働きすぎじゃぞ。今日は特別に、地獄の中でも最も楽な部署に異動させてやる」
部下鬼「へぇ、どちらでございましょうか?」
閻魔様「うむ。お前には、人間界で、『SNSの炎上』を専門に担当してもらう」
部下鬼「ええ? 炎上? それが楽な部署でございますか?」
閻魔様「そうじゃ。なぜなら、あの仕事は、ワシら鬼や冥官が一切手を下す必要がない!」
部下鬼「……と、申しますと?」
閻魔様「人間どもが、他人の些細な失敗を、自分たちの正義の名の下に、集団で寄ってたかって、何日もかけて徹底的に精神的に焼き尽くす。そして、炎上した本人も、自ら絶望の淵に落ちていく」
閻魔様は、呆れたようにため息をついた。
閻魔様「我々がわざわざ罪人を熱い釜茹でにしなくても、人間は勝手に、互いを地獄に突き落とし合っている。炎上担当とは、最もエネルギー効率が良い地獄の部署なのだ!」
部下鬼は、震えながら言った。
「閻魔様……それ、我々冥界の存在意義を、根底から否定していませんか?」)
オチが決まった瞬間、井戸の底にいた数十名の冥官たちが、「ぐおぉぉぉ!」と、普段の厳粛さからは想像もつかない大声で爆笑した。
「我々の仕事が不要とは!」
「人間どもは、自力で地獄を築く! なんという効率の良さ!」
冥官たちは、判決を下す木札を投げ捨て、身悶えして笑った。
そして、井戸の縁。
酒呑童子と茨木童子に負けず劣らず、顔を真っ赤にして、大爆笑している人影が一つあった。
安倍金吉だった。
「アッハッハッハッハ! な、なんだそれは! 最高に不合理で、最高に恐ろしい!」
金吉は、組んでいた腕を解き、腰をかがめて腹を抱え、涙まで浮かべている。酒呑童子と茨木童子が、驚いた顔で金吉を見つめていた。
公平が井戸から上がってくると、金吉はハッと我に返ったように立ち上がったが、まだ笑いの余韻で肩が震えていた。
「こんぺい……あんた……」
金吉は、真剣な眼差しで公平を見つめた。
「私は、代々安倍晴明の血を継ぎ、陰陽師となり、人の世から半歩外れた『異界の座標』に立つこととなった」
金吉は静かに言葉を続けた。
「その結果、人としての存在からもズレていったのだ。現世の人間たちが笑う、滑稽な出来事や、他愛のない失敗談など、もはや私には笑いのツボがわからなくなっていた」
陰陽師として生きることは、人間としての普通の感覚を失うことでもあったのだ。
「だが! あんたの『闇落語』……あんたの噺は、人間も妖怪も、そして陰陽師も、共通して持つ『この世の理不尽』と『根源的な悪意』を突いてくる! それは、私の『ズレた座標』でも理解できる、至高のコメディだ!」
金吉は、興奮を抑えきれない様子で、公平の手を強く掴んだ。
「久しぶりに……いや、何十年ぶりに腹の底から大笑いした!」
そして、金吉は、羅生門で言った言葉を、そっくりそのまま公平に突きつけた。
「俺もついていくぞ、こんぺい!」
公平は、頭を抱えた。
「ええっ!? 安倍の金吉さんまで!?」
「当然じゃ! ワシらの闇落語家を、人間どもの厄介な術師に好き勝手させるわけにはいかん!」
酒呑童子が、公平と金吉の間に割って入った。
「ワシらが守りながら、高座の席まで連れて行ってやる! 冥界と人間界を股にかける、最高のトリオじゃ!」
「トリオって、あんたたち二大鬼と、最強の陰陽師と、ただの前座見習いですよ!? バランス、おかしいだろ!」
公平の嘆きも虚しく、こうして、目黒亭こんぺいの「闇落語巡業一座」に、最上級の鬼二名と、最強の陰陽師一名という、人類史上最も厄介な連れが加わることになったのだった。
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