第5話

 激しい感情の渦が沈黙を経て tank22 を別の人間に変えてしまったように見えた。


 笑美が知らなかっただけで、もともと穏やかだった人間が、強烈な感情によって一時的に変質してしまっていただけなのだろうか。それともあの狂おしい吐露の後に、彼は笑美の知らない何かを手に入れたのだろうか。



 ネット上では様々な人がさまざまな形で恋を語り、愛を求めていた。しかし芸能人に向けた恋慕以外のそれらの多くは、心無い他者に横やりを入れられないように、巧妙にカモフラージュされ、時に粉飾されていた。



 あれほどに狂おしく純粋な形でエミを求めていた tank22 にいったい何が起きていたのか、フィクションで見聞きしたことはあっても実際に激しい恋に落ちたことのない笑美にはまるで想像がつかなかった。



 そして笑美の知る愛――家族の愛だと思っていた親密さは、 tank22 が半年後に見せた穏やかなつぶやきとは全く違うものだった。



 笑美は tank22 を変えたものが何なのかを知りたかった。



 笑美を暗闇に引き入れたものと同じ呼ばれ方をしているのに、まったく違う場所へ導くその何か――そのどちらもが愛と名付けられているのなら、笑美はこれ以上この暗闇の中にとどまっていたくなかった。



 笑美は家族のことが好きだった。どんなに自分を殺して、ぐちゃぐちゃになっても、彼らを憎みきれなかった。


 

 しかし、 tank22 の情熱に焼き切られた叫びとその変質を目撃した笑美は、彼のように誰かを強く求めてみたいと思った。



 怯えてすり減るのではなく、発光したかった。たとえ燃え尽きるとしても。





 笑美はレースカーテンをめくり南側の窓を開け、太陽の光と新鮮な空気を部屋に入れた。


 梅雨明けの陽光は眩しく、まだ少し湿った空気は澱んだ空気を攪拌し、笑美の身体を温かく包んだ。



 笑美は光の下で鏡に映った自分を見た。



 ぼさぼさの髪とくすんだ肌、薄汚れたパジャマ姿で、ただふたつの瞳だけがキラキラと輝いている。



 家に家族がいるのかいないのか確認することもなく、笑美はドアの取っ手に手をかけた。

 



 ――もういい、もういいんだ。わたしは自分の足でもう一度歩き出す。




 廊下に足を踏み出すと、それまでどこかふわふわと浮いていた足の裏で、一歩一歩床を踏みしめ、風呂に向かった。


 

 湯船を磨き、新しいお湯を張った。




 洗い流そう、汚いものもきれいなものも――光の下で。



                                   <終>


  


 

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アマテラス 水遠遥 @faraweyisland

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