第4話

 tank22 が沈黙して数週間がたった。


 笑美は tank22 のアカウントを見ることはやめなかったけれど、 tank22 の沈黙とともに、怒りを抱えた人々の投稿を見る頻度は減った。


 代わりに恋をしているように見える人のつぶやきを探し、その人々の言葉を追うようになっていた。


 tank22  があれほど激しくエミを求め続けたこと、そして狂おしい呼びかけとその後の沈黙は、笑美の新しい衝動を支えた。



 笑美は時を忘れて画面をスクロールし、人々のつぶやきを集め続けた。



 それらは少しずつ、笑美の中の抑圧と怒りに支えられた暗闇の層とは異なった層に言葉を堆積させ始めた。




 そしてまた tank22 の不在は、少しだけ笑美の胸を疼かせた。






 「いいかげんにして!」



 叫び声とともに、部屋に駆け込んで閉じこもってから聞こえなくなっていた笑美の耳に、ガシャンというガラスが割れるような大きな音が飛び込んできた。


 同時に、モニターの灯りだけが温かく静かだった世界が、突如として匂いをともなった不快な暗闇となって笑美にのしかかった。


 一瞬何が起きたのかわからなかった。



 ――ああ、あの人たちか。



 笑美の中の消えかけていた核と世界との接続は、まだ完全に失われてはいなかった。

 

 闇の中で、愛をささやき人を求めるつぶやきの欠片かけらを集めていくうちに笑美の中に見つかった、ゴミの中に隠れた古い核。家族と、そして笑美自らの意思によって踏みつぶされ、それでも死ぬことのなかった柔らかく美しい核。


 



 部屋に閉じこもり、エミを呼ぶ tank22 の声を見つけてから十か月が過ぎた。


 笑美は引きこもったままだったけれど、家族がいない時間を見計らって歯磨きと下着の洗濯をするようになっていた。遮光カーテンを開ける日もあった。レース越しの日差しが眩しかった。

 

 パジャマで画面を眺めていたある日、笑美は tank22 がまたつぶやき始めていることに気づいた。


 

  tank22@***

    月がきれいだな

  2025/06/12 22:32



  tank22@***

    梅雨入りか

     恵みの雨の季節だ

  2025/06/14 21:46



  tank22@***

    おやすみなさい

  2025/06/14 22:30



  tank22@***

    セブンの弁当うまいな

  2025/06/16 08:08



  ……



 あんなに狂おしいほどの心の声をもらしていたアカウントと同じ人とは思えないほどの穏やかなつぶやきに、笑美はあらためて tank22 に何が起こったのかを考えずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る