第5話:友好国ミリア

ギルドの朝は、鐘の音と怒鳴り声から始まる。


 その日も扉をくぐった瞬間に、いつもの受付嬢が手を振ってきた。


「おーい、雑用くん。待ってたよー!」


「おはよう。……嫌な予感しかしない」


「朝から縁起でもないこと言わないの。はい、これ」


 目の前に一枚の紙が突き出される。


 【物資輸送補助 ウルシア王都 → 友好国ミリア】


 内容はシンプルだった。食料・薬・道具を積んだ馬車二台を、隣国ミリアまで運ぶ。片道5日。護衛は三名。俺は「積み込み・積み下ろし・簡単な見張り」。


「……俺で大丈夫か…?」


「雑用枠だからね。荷物を落とさなきゃ大丈夫。護衛はBランク冒険者を三人つけるから、モンスターに関しては気にしなくていいよ」


 受付嬢が横目で壁際の一団を指す。


 長弓と細身の剣を背負った男。短剣二本を腰に下げた女。背中に馬鹿みたいに大きな大剣を背負った髭面。


「リード、カナ、ガロウ。Bランク冒険者。王都じゃそこそこ名の知れたやつらだよ」


「そこそこ〜?」と、弓男が笑う。


「こう見えて俺ら、3人いればどんなゴブリンにも負けないぜ」髭面が自慢げに言う。


「それ自慢になってるのか?」


 思わず口を出すと、三人ともおお、と視線を向けてきた。


「お前が噂の新人雑用係か」と大剣のガロウが言う。「昨日、帳場で数字とにらめっこしてたやつだろ。真面目そうだ」


「ただの雑用係だよ」


「雑用がいないと仕事は回らねぇ。荷車が動かなきゃ始まらねぇ。だから、よろしくな」


 ガロウはあっさり握手を求めてきた。分厚い手。ひび割れた皮膚。生き方が手の平に刻まれている。


「昼前には出るよ」と受付嬢。「支度しておいで。門の前で集合ね」


 紙を丸めながら、俺は一度だけギルドの二階を見上げた。昨日眺めた地図が、そこに掛かっている。ウルシアの西隣に、小さく「ミリア」と記されていた。大陸四十二カ国のひとつ。俺の世界よりずっと多きいようで、ずっと狭い。


 ――隣の国へ行く。


 文字にすると大したことはなさそうだが、異世界に来てまだ数日、雑用としてだが王都から出るのは初めてだった。


     ◇


 昼前。王都の南門には馬車が二台、既に待機していた。荷台には木箱、麻袋、樽。米、干し肉、芋、薬草、包帯、工具。見慣れない形の農具が束ねられている。


「よし、最後の樽、こっちに寄せてくれ」


 ガロウの声に合わせて、俺は樽を押し込む。重さはあるが、持てないほどではない。体力仕事は嫌いじゃない。やっていれば、余計なことを考えなくて済む。


「積み方が上手いね」と、短剣二本のカナが言った。「積み方が下手だと道中荷崩れを起こすんだ、泣きながら直すハメになるよ」


「そういうの事前に教えてくれればもっと上手に積み込めたよ」


「お、言うね〜雑用係〜」


 軽口の応酬は、緊張をほどいてくれる。リードは既に弓弦の張り具合を確認しながら、門の上を眺めていた。


「……今日は空が静かだな」


「ドラゴンはいない方がいいのか?」


「そりゃあね。あいつらが低く飛ぶ日は、大抵ロクなことが起きないからさ」


 言いながらも、リードの声は淡々としていた。この世界では、ドラゴンは「日常」であって、「伝説」ではない。俺の常識のほうが、ここでは浮いている。


 門が軋んで開く。兵士が通行証を確認し、槍をどけた。

 外の世界は土の匂いが濃い。石畳はすぐに固い土道へ変わり、道の両脇には畑が広がる。遠くには黒々とした森、そのさらに向こうに、かすかに山脈の影が見えた。


「ウルシア王都、初の出都おめでとう」とカナが笑う。「感想は?」


「……空が広い」


 それしか出てこなかった。けれど三人は、妙に満足そうにうなずいた。


「そうだろうな」とガロウ。「王都の中にいる時間が長いと、壁の世界が“存在は知ってるけど実感がない”んだよな」


「俺は転移した瞬間からずっと実感がないけどな」


 そう返すと、三人の視線が一斉にこちらへ向いた。数秒してから、リードが肩をすくめる。


「……そうだな。キミの場合は桁が違うな」

言いふらしてる訳では無いが交流のある相手には転移者だと言うことは伝えている。

そのたびに驚きと憐れみの中間の顔をされることが多い。


「まあ安心しな」とカナが言う。「私らがついてる。モンスター出ても、あんたの仕事は荷から落ちないことと、腰を抜かさないこと」


「それも立派な仕事だ」とガロウ。「生きて帰るのも仕事のうちだからな」


 その言い方は、冗談半分で、半分は本気に聞こえた。

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輪廻の唄  -Song of Samsara- @shisui_onmyoji

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