第4話:残酷で美しい世界

ギルドに戻ると、俺は受付嬢を捕まえた。


「聖剣とか魔剣とかアーティファクトって、結局なんなんだ?」


受付嬢は、少しだけ困った顔をしてから、指を折って説明した。


「この大陸のどこかには、聖剣が六本。魔剣が四本。アーティファクトが五つ封印されている。

封魔戦争の頃に作られた武具だって伝説があるの」


「伝説、か」


「そう。昔話よ。……でもね」


受付嬢の笑顔が、ほんの少しだけ固くなる。


「近頃、その昔話が“現実”に近づいてる。

聖剣や魔剣が発見されたって冒険者達が噂してる。

千年前の封魔戦争も、実話だったんじゃないかってね」


「みんな信じてないのか?」


「信じてる人もいる。でも千年も前だし、魔族なんて単語も、

子どもに言うこと聞かせる時に使うぐらいだもの」


彼女は肩をすくめる。

だが、その目だけは笑っていない。


「……ただね。最近、焦げ臭いのよ。空気が」


「焦げ臭い?」


「言い方が難しいけど……世界が、火種を抱えてる感じ。

誰も口にしないだけで、みんな薄々気づいてる」


俺は喉を鳴らした。


異世界に来たばかりの俺でも、薄々分かる。

ここは“平和なファンタジー”じゃない。

平和は、薄い膜みたいに張り付いてるだけで、下には確実に血が流れている。



夜。


部屋に戻り、窓から外を見た。


遠く、王都の上空を、黒い影が飛んでいた。

黒龍だ。

こっちの世界では、街の上をドラゴンが飛ぶ。


それなのに、街の人々は驚かない。

誰も叫ばない。

誰も逃げない。


(……この壁があるからか)


《聖域障壁》。

魔族も魔物も寄せつけないという壁。


つまり、魔物は――

寄せつけないようにしないといけないほど危険ってことだ。


窓辺で月を見ながら、俺はぽつりと呟いた。


「ドラゴンのいる世界で……雑用係かよ」


自嘲のつもりだった。

でも、胸の奥で“音のない予感”が鳴った。


これは――ただの雑用じゃ終わらない。

終わるはずがない。


俺はまだ、剣を握れない。

魔法も使えない。

魔力も……きっと、ない。


それでも。


この世界は、俺を見逃してくれない。


なぜなら――


聖剣、魔剣、アーティファクト。

封魔戦争。

八咫烏。

魔族。


全部が一本の線で繋がって、未来へ向かっている気がした。


「……巻き込まれるな、これ」


そう呟いたのに、心のどこかが少しだけ――


ワクワクしていた。


怖い。

でも、未知がある。

そして、未知には“生き方”を変える力がある。


俺は拳を握り、息を吐く。


「まずは生き残る。

次に情報を集める。

それで――その先は、その時考える」


その瞬間、胸の奥がほんの少し熱くなった。


まるで、まだ見ぬ何かが――

俺に“準備しろ”と言っているようだった。



こうして俺の異世界生活が始まった。


転移者で、剣も魔法も使えず、冒険者ギルドの“荷物運び要員”。


……だが、このときの俺は知らない。


この“雑用係”が、

聖剣、魔剣、アーティファクトの争奪戦へ――

そして、封魔戦争の“続き”へ――

否応なく引きずり込まれていくことを。


夜空に二つの月が並ぶ世界で、

俺の物語は静かに始まり、静かに狂い始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る