第4話:残酷で美しい世界
ギルドに戻ると、俺は受付嬢を捕まえた。
「聖剣とか魔剣とかアーティファクトって、結局なんなんだ?」
受付嬢は、少しだけ困った顔をしてから、指を折って説明した。
「この大陸のどこかには、聖剣が六本。魔剣が四本。アーティファクトが五つ封印されている。
封魔戦争の頃に作られた武具だって伝説があるの」
「伝説、か」
「そう。昔話よ。……でもね」
受付嬢の笑顔が、ほんの少しだけ固くなる。
「近頃、その昔話が“現実”に近づいてる。
聖剣や魔剣が発見されたって冒険者達が噂してる。
千年前の封魔戦争も、実話だったんじゃないかってね」
「みんな信じてないのか?」
「信じてる人もいる。でも千年も前だし、魔族なんて単語も、
子どもに言うこと聞かせる時に使うぐらいだもの」
彼女は肩をすくめる。
だが、その目だけは笑っていない。
「……ただね。最近、焦げ臭いのよ。空気が」
「焦げ臭い?」
「言い方が難しいけど……世界が、火種を抱えてる感じ。
誰も口にしないだけで、みんな薄々気づいてる」
俺は喉を鳴らした。
異世界に来たばかりの俺でも、薄々分かる。
ここは“平和なファンタジー”じゃない。
平和は、薄い膜みたいに張り付いてるだけで、下には確実に血が流れている。
◆
夜。
部屋に戻り、窓から外を見た。
遠く、王都の上空を、黒い影が飛んでいた。
黒龍だ。
こっちの世界では、街の上をドラゴンが飛ぶ。
それなのに、街の人々は驚かない。
誰も叫ばない。
誰も逃げない。
(……この壁があるからか)
《聖域障壁》。
魔族も魔物も寄せつけないという壁。
つまり、魔物は――
寄せつけないようにしないといけないほど危険ってことだ。
窓辺で月を見ながら、俺はぽつりと呟いた。
「ドラゴンのいる世界で……雑用係かよ」
自嘲のつもりだった。
でも、胸の奥で“音のない予感”が鳴った。
これは――ただの雑用じゃ終わらない。
終わるはずがない。
俺はまだ、剣を握れない。
魔法も使えない。
魔力も……きっと、ない。
それでも。
この世界は、俺を見逃してくれない。
なぜなら――
聖剣、魔剣、アーティファクト。
封魔戦争。
八咫烏。
魔族。
全部が一本の線で繋がって、未来へ向かっている気がした。
「……巻き込まれるな、これ」
そう呟いたのに、心のどこかが少しだけ――
ワクワクしていた。
怖い。
でも、未知がある。
そして、未知には“生き方”を変える力がある。
俺は拳を握り、息を吐く。
「まずは生き残る。
次に情報を集める。
それで――その先は、その時考える」
その瞬間、胸の奥がほんの少し熱くなった。
まるで、まだ見ぬ何かが――
俺に“準備しろ”と言っているようだった。
◆
こうして俺の異世界生活が始まった。
転移者で、剣も魔法も使えず、冒険者ギルドの“荷物運び要員”。
……だが、このときの俺は知らない。
この“雑用係”が、
聖剣、魔剣、アーティファクトの争奪戦へ――
そして、封魔戦争の“続き”へ――
否応なく引きずり込まれていくことを。
夜空に二つの月が並ぶ世界で、
俺の物語は静かに始まり、静かに狂い始めていた。
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