NTKG

 ……卵太郎……。


「……卵丸。辛いだろうけど、私達には出来ることが、あるよ」

「……うん。ありがとうネバリエッタ」

「あ……その……今までみたいに、ネバリーナでも……良いかな……?」


 そうだ。

 ネバリエッタは納豆皇帝の娘の名。

 ……自分だってあんなことがあって、辛いはずなのに……。


 ……よし!

 いつまでもウジウジしてたら、卵太郎に怒られるぞ!


 ボクは、ネバリーナの顔を真っ直ぐ見て、両手を握った。


「もちろん。……ねぇ、ネバリーナ」

「……何? 卵丸」

「ボクと一緒に、ご飯にかかってくれないかな?」

「……ええ! 喜んで!」


 力強い、心からの返事だった。

 ボクの心も後押しされる。

 なんて心強いんだろう。


「——よく言ったッッ!!」

「あッ! ちょっとアンタ……」


 誰!?

 ボクは咄嗟にネバリーナを庇う。


 ボク達の前に、得体の知れない存在がいる……!

 三つ……!


「ああーッ! 悪い悪い! 驚かせるつもりはなかったんだァ……。俺の名は……そうだな、ジョーだ。君たちの味方だよ」

「なによその偽名? 私は真夜子まよこ。こっちは双子の妹の真夜美まよみよ。よろしくねっ」


 ジョーと名乗った男はカッコいいおじさん、真夜子さんと真夜美さんは綺麗なお姉さんだ。

 ……ボク達の味方?


「あなた達のことは少し前から見てたわぁ。……助けが遅くなっちゃって、本当にごめんなさいね」

「……知ってるんですね」

「……ええそうよ。卵丸くん」


 掴みどころがない……。

 ボク達とは違う、何か超常的な存在に思えた。

 いきなり信用は出来ないが、そんな超常的な存在が、ボク達を騙す理由も分からなかった。


「あの……どうやって私達のことを……?」

「それは、ひ・み・つ」

「すまないねェ、ネバリーナちゃん。俺達にも色々あるのさ」

「ちょっとアンタ! ネバリーナちゃんに近づかないでくれるッ!?」

「なんで!?」

「女好きのアンタから護るためよ!」

「そりゃ姉さんらが流したデマだろうがよォ!」


 真夜子さんとジョーさんは言い争いを始めた。

 緊張感のないやり取りに、呆気にとられる。

 真夜美さんは一言も喋らないし……。

 ボクが見ていることに気が付いた真夜美さんは、にっこり笑ってウィンクを飛ばしてきた。


「だ、だめッッ!」


 ボクと真夜美さんの間に、ネバリーナが慌てて割り込んできた。


「……あら。ふふふ。真夜美、からかっちゃダメよぉ? ……さて、じゃあ本題に入ろうかしらね」

「そうだなァ。こんなことしてる場合じゃァない」

「何よッ!」

「卵丸くんに、ネバリーナちゃん。君たちは本当に、NTKGになる覚悟があるんだね?」

「えぬ……?」

「あァ悪い! 納豆卵かけご飯のことさ! ……つまり、一緒にご飯にかかるのかってこと」


 ボクとネバリーナは顔を見合わせ、頷いた。


「もちろんです!」

「いい返事だ! じゃ、早速始めますかねェ」

「そうね」


 そう言ってジョーさん、真夜子さん、真夜美さんは、それぞれが三角形の頂点となるように立ち位置を合わせ、天に手を向けた。


「あ、あの、何を……?」

「ご飯がなきゃ始まらないだろォ? だから召喚するのさ」


 ご飯を召喚だって!?

 そんなことが簡単に出来る訳ない。

 出来るとすれば、いつでも食欲を掻き立てることが可能な、伝説級の万能調味料だけ……!


「そこで何をしているッッ!!」


 二度と聞きたくなかった声が聞こえた。

 ネバリンティウス帝と、納豆軍の軍勢。

 ボク達は完全に囲まれていた。


「ダシジョーユに真夜姉ズマヨネーズ……! なぜここにいる!?」

「……うるさいのが出てきたわぁ。この子達がご飯にかかるのを手伝うために決まってるじゃない。……見て分からないのかしら」

「なんだと!? こんな無価値なやつらに……! そうだ、おい! ダシジョーユ!」

「……今度は俺かァ」

「お前にネバリエッタをくれてやろう! 好きなようにしていいぞ! その代わり、余の調味料となれ!!」


 ボクはネバリーナの肩を抱き寄せ、落ち着かせた。

 彼女と、ボクを。

 許せない。


「……カッチーン……」

「いや姉さん、今それ俺のセリフじゃァ……?」

「ちょっとアンタ達だけで進めといて頂戴ッ!」

「あッ! ちょっと!」


 真夜子さんはネバリンティウス帝を向くと、鬼のような形相で睨みつけた。

 これには流石のネバリンティウス帝も怯んでいる。


「元はといえば、アンタが私にフラれたことが発端じゃない! それを正当化しようとくだらないことを考えた挙げ句、ネバリーナちゃんを傷つけるなんてッッ!!」


 真夜子さんは、今度はどよめく納豆兵達に向かって大声をあげた。


「ここにいる騙された納豆達に教えてあげるわ。朝食を食される創造主は、味だけじゃなく、栄養バランスや食べやすさなんかも含めて、寵愛なさるかお決めになるの」


 真夜子さんの話は、難しくてよく分からない。

 創造主?

 食べやすさ?

 

 そんなことは、ボクにはどうでも良かった。

 ネバリーナの笑顔。

 ボクはただそれを護りたい。


「あくまでも補助である調味料を懐柔したところで、決定的な意味はないのよ! それをそこのエロ親父が、私達に相手されなかったことに腹を立てて、大事おおごとにしてただけ! ……そんなやつの言いなりになる必要が、あるのかしら!?」

「ぐっ……ぐぐぐっ……!」


 納豆兵達から、一切の殺意を感じられなくなった。

 ……凄い……あっという間に無力化しちゃった……。


「……もう姉さん待ちだぜ」

「あら、じゃ、始めましょっ」

「「「召喚魔法ッ! 『朝食の時間モーニングタイム』!!」」」


 詠唱完了と共に空が輝き、ゆっくりとお茶碗が降りてくる。

 ……あれが……白ご飯……!

 お茶碗の中には、一粒一粒が光を放つ、ホカホカの白ご飯がよそわれていた。


「今よ!」

「はい! 行こう! ネバリーナ!」

「うんっ!」


 応えたネバリーナのキラキラした笑顔には、希望が満ち溢れてた。

 ボクもきっと同じ顔をしてるだろう。


 自然とボクの身体が浮かび上がり、ご飯の上へと向かっていく。

 頂点に到達すると同時にヒビが入った。


「バ、バカめ。卵と納豆を同時にかけるつもりか! それでは生卵のシャバシャバ具合が納豆のネバネバを殺してしまい、美味しさが損なわれるッ! 卵どもは、そうやって我ら納豆の邪魔をしてきたのだ!!」

「……どっちがバカなのかしら。よく見てみなさい」


 ご飯にかかったボクの白身は、そのまま流れることなく留まっている。


「……なッ!? な、なんだやつの白身はッ!! 透明ではなく、白い……しかもなぜ水気が少ないのだ!?」

「温泉卵よ」

「なんだと……!?」

「卵か納豆かなんて区別せず、白身魔法で救ってきた卵丸くん。そんな彼の静かだけど熱いハートが、彼自身に程よく火を通し、最高の半熟状態にしたのよッ! ……そのトロミ具合は納豆の粘りと調和し、極上の食べやすさと、適度な食べ応えを両立するわ!!」

「そ、そんなことはあり得んッッ!」

「気づけなかっただけでしょ。アンタと違って、ネバリーナちゃんはそんなパートナーを見つけたわ」


 パキッという気持ちの良い音がなり、ネバリーナがボクの元へ降りてきた。

 ボクはネバリーナを全身で受け止める。


「な、なんだあのふわふわとした糸引きは……ッ!?」

「ほんと、呆れ果てるわぁ……。平和を願い、自ら戦場の様子を見に飛び出すネバリーナちゃんの豆は、優しくやわらかいのよ。そこから生み出されるふわふわ食感のネバネバは、半熟の卵丸くんを包み、混ざり、最高のハーモニーを奏でるッッ!!」


「さァ最後の仕上げだぜェ、姉さん方ッッ!!」


 ジョーさんと真夜子さん、真夜美さんが飛び上がり、ボクとネバリーナを調味した。

 良い香りとコクが追加される。

 その瞬間、辺りが明るく照らされた。


「ああッ……! 創造主が照らす輝き……! 最高の朝食とお認めになったんだわ……! これまで誰も成し得なかった、毎日定番朝食エターナルリピートが、ついに始まるのよ……ッッ!!」

「そ、そんな……ではもう余は朝食になれぬのか……?」

「……まだいたの。随分と悠長ね。……これまでの既成概念に縛られた古臭いアンタ、賞味期限が切れたアンタを、創造主はどうなさるかしら?」

「ま、まさか……!」


 突如、宙に浮かび上がるネバリンティウス帝の身体。

 ボク達の時とは、行き先が違う。

 明らかにご飯とは違う方向へと導かれる皇帝は、醜く叫び続けた。

 その断末魔は世界中に響き渡り、皮肉にも、自らの時代の終わりを、告げることとなった。


 ◇◇◇


 平凡な卵だったボクは、最高に可愛い納豆のネバリーナとNTKGになり、時代を変えた。


 卵と納豆の戦争は、より平和的な形で終結した。

 互いの非を認め合い、協力こそを今後の進む道とする新たな国家として、一つになったのだ。


 何かが上手くいかないとき、やるべきことは責任の押し付け合いだろうか?

 互いに歩み寄り、それぞれの良さを活かす道は、本当にないのだろうか?


 あれから何年も経った今でも、NTKGは手間の少なさ、栄養バランス、食べやすさ、腹持ち、そして美味しさ……全てを兼ね備えたパーフェクト朝食として、語り継がれている。

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NTKG 〜平凡な卵のボク、白身魔法で助けた納豆のお姫様とオンザライス〜 波白雲 @namishirakumo

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