親友

 謁見の間。

 ボク達の前には、納豆の頂点、ネバリンティウス帝の姿があった。

 白ご飯に最も近い男……今の世においては、神のような存在だ。


「……ネバリエッタか」


 その声は冷たく、視線も凍るようだった。

 その視線の先には、ネバリーナ……いや、綺麗に身だしなみを整えた、ネバリエッタ皇女がいた。


「はい、お父様。街の様子を見て参りました。敵国だったとはいえ、同じおかずである卵の皆さんに対する——」

「その者らは?」

「……この方々は、戦場で巻き込まれた私を救ってくださった、命の恩人です」

「そうか。では衛兵、この者らを殺せ」


 命を受けた数名の衛兵がハンマーを手に、近づいてくる。


「お、お父様ッッ!?」


 ネバリエッタ皇女はボクと卵太郎を庇うように両手を広げ、ネバリンティウス帝に抗議した。


「……構わん。その女も処分せよ」

「えっ……!? お、お父……様……?」


 辺りの兵達にも動揺が走った。

 ……今、何を言ったんだこいつは。


「ただ女を磨いていれば良かったものを、最後まで使えない娘よ。……お前は、女好きで知られる伝説的な調味料、ダシジョーユを釣るための餌に過ぎん。……それを、平和だなんだと無駄なことにばかり時間を使いおって……。お前がダシジョーユの目に留まるより先に、余は神になってしまったではないか」

「そ、そんな……」

「不要になったものは早めに処分するに限る。……衛兵、何をしている。さっさと殺してしまわんか」


 ネバリエッタの足は震えていた。

 許せない。

 許せないが、今はネバリエッタを守らないと。


「……やっぱりこうなったな」


 卵太郎は小さくそう言うと、近くで動揺していた納豆兵を体当たりで突き飛ばした!


「卵丸! その子の手を離すんじゃねえぞッ!」

「うん!」


 ボクはネバリエッタの手を握りしめ、逃げる卵太郎の後に続いた。


 ◇


 ドンドンドンッッ!!


 ボクと卵太郎はバリケードを組んだ扉を必死に押さえている。

 反対からは無数の納豆兵の気配。

 あまり保ちそうにない。


「もう少し待って! ここを操作すれば脱出用のスロープが使えるから!」


 ネバリエッタは壁にある装置を懸命に操作している。


 ここは、緊急時の脱出用に作られた部屋らしい。

 ネバリエッタの案内で駆け込んだボク達は、準備の時間を稼いでいる。


「……あの子が納豆のお姫様ってことは、最初から、分かってた」


 卵太郎が息を切らしながら話し始めた。

 走りすぎたのだろう。


「おかしいと……思って……たんだ。いつまで経っても……誰も探しに来ねえ……なんてよ」

「そうだったのか……。だから付いていくなんて言ったんだね」


 卵太郎のお陰でネバリエッタを助けられる。


「……なぁ卵丸……知ってるか……? 昔、俺達……卵と……納豆は、一緒にご飯のおかずになってたん……だぜ……?」

「え? もちろん知ってるよ。一緒に学校で習ったじゃないか。卵と納豆は、どちらも朝の食卓の定番だったって」

「そうじゃ…………ねえ……」

「……卵太郎?」


 その時、ボクは卵太郎の足元に、トロミのある透明な液体が広がってることに気がついた。


「……! 卵太郎! もしかして白身が!!」

「えっ!?」

「手を止めるんじゃねえ!!…………へへ……さっき体当たりした……時に、ハンマーが腹に当たっちまってな……。ヘマ……しちまったぜ……」

「い、今すぐ白身魔法で——」

「やめろ!!…………もう、完全にひび……割れちまってる……。お前でも……出ちまったもんは……戻せねえ……だろ……」


 よく見れば、卵太郎の足元に広がる白身は、かなりの量だ。

 ……もう……ほとんど中身がないかも……しれない……。


「……そんな……ことよりよ……卵丸……。昔の……話だ……。卵と納豆は……一緒に……ご飯に乗れる……んだぜ……」

「一緒に……」

「おい! 終わったか!?」

「ええ! ……開いた! 開いたよ!」

「……よし……。……あんた……弟を……ありがとうな……」

「……え……?」


 ネバリエッタの後ろには、ポッカリと穴が開いていた。

 地上までスロープが続いているようだ。


「行こう! 卵太郎!」

「…………なぁ……卵丸……俺はよ…………お前と……あの子なら……出来ると思ってる……」

「何してるんだ卵太郎! 急いで!」

「…………お前達の……オンザライス……空の上の特等……席から……見させてもらう……ぜッッ!!」


 卵太郎は、ボクの身体を力強く、しかし優しく、蹴った。

 ネバリエッタの方に向かって、ボクの身体が転がる。


「…………卵丸を…………頼んだぜ…………」

「卵太郎さん……! はい……!」


 ネバリエッタは転がるボクを避けずに、そのまま、揉みくちゃになってスロープに倒れ込んだ。


「卵太郎ッ! 嫌だッッ!! 卵太郎ッッ! 卵太郎ーーーッッ!!」


ボクが何をしても、ボクとネバリーナは、スロープを転がり落ちていった。


 ◇


 バァンッッ!!


「…………へへ……遅かったじゃ……ねえか……」

「避難口が開いている! 二名は逃亡した模様!! ……どけ! 死に損ないが!」

「この……スロー……プに……何か用か……? だが、残念ながら……使用中だぜ……」

「ええいッ! おい! 手を貸せ! こいつをどかすぞ!」

「一世……一代の……黄身魔法きみまほう…………その目に……焼き付けな……!」

「な、なんだ?」

「……『かたゆで卵ハードボイルドエッグ』!!」

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