第3話 魔族の襲撃
ローラット・トカゲに囲まれた私たち。
受付嬢の目は完全に"審査する目"だ。はいはい、見てる見てる。さて、ここからどう調理しようか。
私は魔法の杖を器用に操り、先端を魔物たちへ向けた。ローラット・トカゲが一斉に、連携を組むように動き出す。えらい。小賢しい。嫌いじゃない。
背後を見ると、アメルが緊張した面持ちで私の後ろに立っている。小さな手で杖を握りしめ、いつでも治癒魔法を使えるように準備している姿が健気だ。
「
この世界には絶対的なルールがある。魔法の保有は人間は一つ。エルフなど一部の種族でも上限は二つまで。生物の"
――あの日戦った魔王でさえ、使ってきた魔法は強力でも二つだけだった。そんな魔王を私が圧倒できた理由? 単純だ。私は"三つを超える"魔法を持っているからだ。
私は火力を極限まで抑え、放った。
杖の先端から淡い光が迸る。それは一瞬で炎へと変わり、ローラット・トカゲ一匹を包み込んだ。悲鳴を上げる間もなく、炎に呑まれて焼かれる。すると炎は伝染するように広がり、次々と別個体を呑み込んでいく。
気がつけば、私たちを囲んでいた敵は消し炭になっていた。
本来の私なら、ここで他の魔法も見せびらかしていたところだ。だが、それをやれば絶対に「私がリアだ」とバレる。仕方ない。この設定で貫くしかない。
私はアメルと受付嬢に視線を送った。受付嬢は納得したような顔。アメルは呆然として立ち尽くしている。大きな瞳をさらに大きく見開いて、口を小さく開けている。……まぁ、そうなるよね。
「ふむ。一般的な炎の魔法ですね。でも、まるで伝染するように炎が広がった……これって一般的な火の魔法なんですか?」
一般的な炎の魔法……きっと「フレア」か「メガ・フレア」のことだろう。どれも私の魔法の前では、手も足も出ないほど弱いが。わざわざ言わない。言わないとも。
「フッ、造作もないことさ。私は最強だからね」
私がムフッとした顔をした時、アメルはまだ呆然としていた。
……あ。アメルの出番を奪ってしまった。
私は少しばかり自分の悪癖を反省し、そのままアメルの元へ歩み寄る。ローラット・トカゲが現れた時に傷ついた木を指さした。
アメルは自分の役割を思い出したような顔で、ゆっくりと木へ歩み寄り、手をかざす。小さな手から、慈愛の緑色の輝きが溢れ出す。
私はそのまま見守る。木に刻まれた深い裂傷が、徐々に塞がれていく。樹皮が再生し、幹の傷が消え、まるで何事もなかったかのように元に戻っていく。
やり遂げたアメルの頭を撫でると、アメルは嬉しそうに目を細めた。その表情が可愛らしい。受付嬢が唖然としていた。
「す、すごい……治癒魔法を、人間以外に……! 私、初めて見ましたよ。人間以外にも通じる治癒魔法を……しかも無詠唱でこれとは……」
フッ。やはり私が消費した魔導書は優秀だったね。一般的な治癒魔法は"生き物"を対象にしたものが大半だ。
――だがアメルの治癒は、生物以外にも届く。しかもまだ発展途上。
これを極めれば、天才と評されたセシルスの治癒を超える可能性すらある。……いや、超えさせる。私は先生だからね。そこは譲らない。
「先生、僕……役に立てましたか?」
アメルが不安そうに私を見上げる。その表情が愛おしくて、私は改めて頭をくしゃくしゃと撫でた。
「当たり前だろ。よくやった、アメル」
アメルの顔がぱっと明るくなった。太陽みたいな笑顔。決してショタコンではないが、これは可愛い。
※ ※ ※
ローラット・トカゲの狩猟クエストを終えた私とアメル。受付嬢から渡されたのは、名前が刻まれたプレート――冒険者プレートだ。
さて、まずはランク確認。今回の私の魔法からすればAランクは固い。……いや、さすがに"火力を抑えた"からBか? それよりアメルはどうだろう。
私は自分のランクより先に、アメルのプレートを覗いた。
**アメル ランクB**
まぁ妥当。成長性も加味してこのランクなら上々だ。
「先生! 僕、Bランクです!」
アメルが嬉しそうにプレートを見せてくる。その喜びようが微笑ましい。
「おめでとう、アメル。君ならそのくらいできて当然さ」
そして今度は、私のランク――
**リアビス ランクD**
……は?
「ねぇ、これ間違ってない? 私のランクって本当にDなの?」
私は声を少し鋭くして受付嬢に問いかけた。確かに火力は最小限に抑えた。だが、あれはそこらの魔法使いが扱える代物じゃない。――なのにD?
アメルが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
受付嬢は申し訳なさそうな顔で言った。
「すみません。私の目からすると、あれが貴方の限界に見えたので……。でも安心してください! ランクの高いクエストを成功させれば、ランクはいくらでも上げられますよ!」
違う。そういう問題じゃない! こうなるなら、もうちょっと凄い魔法を見せるべきだった……。
「先生、大丈夫ですよ。僕が先生のこと、ちゃんと知ってますから」
アメルが励ますように私の服の裾を握る。その小さな手が温かい。
まぁいいや。このプレートさえあれば、「危険人物」扱いされてる私でも国を行き来できる。クエストを受けて成功すれば報酬金ももらえる。
――あれ? 冒険者って結構いい職業なんじゃ?
そう思いながらギルドを出ようとした、その時だった。
村の非常時を告げる鐘が鳴った。
甲高い音が何度も何度も響き渡る。警鐘だ。魔族の残党か……それとも魔獣の出現か? 私は周囲の冒険者たちの様子を伺う。
誰も動かない――いや、動けないに近い。さっきまでの笑い声も、うるさい談笑も消えている。密かに聞こえるのは、ガタガタと歯の鳴る音だけ。
……あぁ、わかるよ。この空気。嫌というほど。
誰もが、この魔力に怯えている。受付嬢も、時が止まったように立ち尽くして震えていた。アメルも……同じだ。顔が青ざめて、小さな体を震わせている。
「仕方ない。ここは私の出番か……」
「先生ッ!」
アメルが動かない体を無理やり捻り、私に手を伸ばす。その手は震えていた。しかし私はその手を無視して歩みを進めた。握ったら、逆に安心させすぎてしまう。今は"見せる"方が早い。
ギルドの扉を開けた瞬間、肌をちくっと刺すような感覚が走る。魔王は討伐したが、逃がした魔族や魔獣がいる――その中には国に"災厄"をもたらす個体もいる。
そして私の目の前――いや、村の周囲には幾千の魔物。その群れの中に、雑魚とは比べ物にならない強い魔力が混じっていた。
将軍クラス。魔王軍幹部の配下、といったところか。
「我は冥導の賢者ノクティス様の直属の配下! 冥導の将軍ガルド! ノクティス様の贄として、今からこの村の者たちを皆殺し――ッ!?」
名乗りが長い。悪役ってどうしてこう、自己紹介に命をかけるのだろう。……と思ったら、ガルドの視線が私を捉えた。
その瞬間、ガルドの魔力がさらに膨れ上がる。私に向けた、純度百パーの殺意。わかりやすい。助かる。
ガルドは村人などどうでもいいと言わんばかりに、魔物たちに命令した。
「今すぐ、そこのアホマヌケエルフを殺せェェェ!」
「え? 私?」
魔物の軍勢は村人を無視し、私に一直線に突っ込んでくる。どんな幹部かと思えば……小物か。魔族も人間も衰えたものだね。この程度の魔力で臆するとは。
この程度なら、魔法を使うまでもない。
"魔法使いは近接に弱い"なんて言葉がある。限られた数の魔法しか持てないから――そう言われる。でもそれは違う。それは三流の言い訳だ。
魔法使いは常に「魔力」と向き合う。魔力は力量を測るだけのものじゃない。応用すれば、それ自体を武器にできる。
魔獣系の魔物が巨大な口を開け、牙で私を噛み砕こうとした――その瞬間。
私は魔力を具現化し、レーザーのように四方八方へ射出した。
――貫通。
脳天を貫かれた魔物たちは魔石を残し、消し炭になって消える。連鎖して、周囲も同じ末路。光の線が幾重にも交差し、魔物の群れを縦横無尽に切り裂いていく。あっという間に足元が光る石の山になった。
魔力の性質は、持ち主の研鑽によって変わる。磨けば磨くほど、そこらの「魔法」に匹敵する武器になるということだ。
「はぁ……これで終わりかい?」
私の周りには無数の魔石。そして目の前には、将軍ガルドのボロボロの姿。
この程度の"魔力攻撃"すら防げなくなったのか。魔王がいなくなるだけで、ここまで知恵と士気を失うものなのか。
正直、この世界は「魔法」が全てというより「魔力」が全てに近い。魔力なんて、そこらのアリにだってある身近なものだ。理解と練度を積めば自由自在に操れる。盾にもなるし、威圧の波動にもなる。空を飛ぶことだってできる。
「最期に聞きたいんだけど。なんでノクティスの贄を求めてきたの?」
ため息混じりに聞く。下半身を失い、赤黒い血を流すガルドは、不敵に笑った。
「貴様が――魔王を倒したエルフが言うか……。我らの目的は、新たな魔王としてノクティス様を据えること。それ以上もそれ以下もない」
「そうかい。じゃあ、叶うといいね」
彼の体が塵へ変わりゆく中、私はガルドに背を向けた。
新たな魔王……ね。少しだけ興味が湧きかけたが、数秒で心の底に沈んだ。あの日の魔王でさえ、私の足元にも及ばなかったのだから。
やはり、私を倒せるのは――私だけか。自他ともに認める最強は、いつだってこの私だ。それ以上もそれ以下も存在しない。
そう心の中で誓うように囁くと、死にかけのガルドが口を開いた。
「勇者パーティのユリウスにもそう伝えておけ! いつしか我が主君ノクティス様が魔王になるということを!」
……それを蒸し返されるのは少々気に障るな。せっかく二年という短い時間で、勇者パーティにいた頃の「リア」という私を消せたのに。また脳裏に、八年間を共にしたユリウスたちの顔が浮かぶ。
輝くような笑顔で剣を振るうユリウス。豪快に笑うダルフ。優しく微笑むセシルス。そして――私。
「それ、別に私に言っても意味ないよ――私はもう勇者パーティの仲間じゃないから」
「は? おい、それは一体どういう……こ……と……だ」
ガルドは意地汚く言葉を残そうとしたが、塵となって消えていった。綺麗さっぱり。後味まで小物。
私は村の方へ視線を流す。皆、私を見て立ち尽くして固まっている。でもそれは恐怖じゃない。脅威が消えたことへの安堵だ。酸欠みたいな、あの顔。
「も、もしかして……アンタが、ヤツらを?」
ギルドにいた者たちや村人が、私に視線を集中させる。羨望の眼差しもあれば、「何者だ」と言わんばかりの興味の目もある。
私はその視線の中を歩き、周囲に実力を示しながら――ドヤ顔でギルドへ戻った。ギルドの前には、さっきの試験官だった受付嬢や冒険者たち。そして、その中にひっそりとアメルの姿もあった。
少しは「先生」っぽいところを見せられたかな。……いや、今のは先生というより、災厄の処理係か。
アメルと私にはまだ制約が働いている。きっともうじき解けるだろう。数年――十数年もすれば。
「先生!」
アメルが抱き着いてきた。心配に満ちた泣き顔だ。小さな体が震えている。顔を私の服に埋めて、声を震わせている。
「せ、先生……怖かったです……先生が、死んじゃうんじゃないかって……」
あぁ、そうか。アメルにとっては、初めて見る本格的な戦闘だったのか。しかも私が一人で立ち向かう姿を、後ろから見ているしかなかった。
「なぜ泣くんだよ。私は最強なんだから、こんなのでやられるわけないだろ」
私はアメルの頭を優しく撫でた。アメルはしゃくりあげながら、小さく頷く。
「で、でも……」
「大丈夫だ。私は君を守ると約束しただろ? そのためには、私が倒れるわけにはいかないんだよ」
アメルは涙をぬぐって、私を見上げた。大きな瞳が潤んでいる。それでも、少し安心したような表情。
「……まぁそれより、私が討伐した魔物たちの魔石拾い、手伝ってくれない? サポーターだろ? 君は」
「はい! 先生!」
アメルは涙を拭って、力強く頷いた。その健気な姿に、また頭を撫でたくなる。決してショタコンではないが。
私たちは魔石を集め始めた。アメルは一生懸命、小さな手で魔石を拾い集めている。その姿が愛おしい。
さてと。あの魔石の量さえあれば、しばらくは"おやつあり・宿あり"の生活ができる。果たして私とアメルは、エルフの里まで無事に面倒事を避けて通れるのか。
私たちの運命は――いかに。
次の更新予定
2025年12月30日 12:02
勇者パーティを追放されたエルフは魔族のショタを連れて、のんびりスローライフを送る 〜決してショタコンではない〜 沢田美 @ansaa
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