第3話

「あら~ユウト、おかえりなさい。ちょうど、お義父様とお義母様にご挨拶していたところですの」

 

「メリッサ!? どうして僕の家に?」

 

「どうしてって、わたくしたち婚約者じゃありませんか。ご両親にご挨拶するのは当然のことですのよ」


 上品に微笑んだメリッサが、右手の指輪をキラリと光らせた。

 

 ピンク色の宝石があしらわれた高そうな指輪だ。


 それを見た僕は言葉を失ってしまった。


 へえ。僕……いつの間にかメリッサと婚約してたのか。知らなかったなあ。


 きっとあの指輪って僕がメリッサに買ったんだよね?

 

 でも、いつ買ったんだろう?


 全く覚えてないや。初めて見る指輪だなあ。ハハッ。

 

 もしかして僕、記憶障害でもあるのかな。


「ささ、恋人さんもどうぞゆっくりしてくださいな」

 

「いや、でも俺は……」


 僕が言葉を失っていると、母さんが外に待機していたルチアを強引に連れて来た。


 そして2人が出会ってしまった。

 

「「あぁ!?」」


 目があった2人は瞬時に一触即発の空気を作り出した。

 

 だけど、その空気をまったく読めない人がいた。


 「おお、こりゃ……またすごい綺麗な人じゃないか。ユウトはモテモテだな。父さんびっくりだぞ。はっはっは!」


 ちょっ、やめてくれ父さん。これ以上、2人を煽らないでくれ……。


「どうしてユウトのご実家にルチアがいますの?」

 

「そりゃ、こっちのセリフだぜ、メリッサ」

 

「ところで恋人ってなんですの?」

 

「はあ? そのままの意味だが。メリッサこそ婚約者なんて、どういうだよ。あぁん?」

 

 ほら! 2人がバチバチし始めちゃったよ。父さんも笑ってないで止めてくれ。

 

 はやく、どうにかしないと……。


 カオスな空気が漂う部屋に、コンコンと扉をノックする音が割り込んできた。


「あら、今日はお客様が多いわね」


 そう言うと母さんは玄関に向かっていく。


 お客様が多い……だって?


 やめてくれ母さん。扉を開けちゃダメだ。もう嫌な予感しかしない。


 そんな心の声は届かず、母さんは扉を開けてしまう。

 

「はじめまして、お義母さん。私、ユウトの妻のリリカと申します」

 

「ユウト~。お嫁さんが来たわよ!」


 なんと、僕にはお嫁さんがいたそうだ。世の中は知らないことでいっぱいだな。


 というか、なんでリリカまで僕の家に。僕、君たちのパーティから外されたよね?

 

 それなのにメンバー全員が実家に揃うとか意味不明すぎるんだけど。

 

 僕は初めてできた恋人を両親に紹介しようとしただけなのに……なんでこうなった?

 

「婚姻届に不備があったので、書き直してもらいに来たんです」

 

「あら、そうなの。わざわざご足労頂いちゃって、ごめんなさいね~」

 

「いえ、お義母さまが謝ることじゃありません。私たちの幸せのためですから」

 

 そうだよ、母さん謝らなくていいから。だって僕、そんな書類書いた覚えないんだけど。


 いや、それよりもだよ?

 

 恋人と婚約者とお嫁さんがさ、同時にいたらおかしくない?

 

 お願いだからそこを疑問に思ってよ、母さん!

 

 それに、もしその異常な関係が事実だったとしたらさ。まず息子を叱ろうよ……とんでもない悪い男じゃん。

 

 ああ、いや……事実じゃないよ。無実だけど。

 

「ん? なんでメリッサとルチアがここにいる?」


 居間に来たリリカが、メリッサとルチアがいることに気がついたようだった。

 

「リリカ。お前、なんでユウトの家に来た?」

 

「私はユウトの妻だからここにいるのは変じゃない」

 

「ふふ、婚姻届けは受理されていないのでしょう。まだ妻とは言えないんじゃなくって?」

 

 そうだよ、さすがメリッサは頭の回転が早い。

 

 だが、リリカも負けていなかった。

 

「ユウトにサインさせて提出するだけだから、もうほとんど妻」


 サインさせる……か。そっか、僕はリリカに力じゃ勝てないもんね~。

 

 あれれ?


 なんだろう、無理やりサインさせられる未来が見えるぞ?

 

「わたくしがそんな暴挙を許すと思いますか?」

 

「俺もだぜ。ユウトの正式な恋人として見過ごすわけにいかないなぁ!」

 

「「正式な恋人?」」


 一瞬『リリカ VS メリッサ&ルチア』という構図になりそうだったのに、ルチアが爆弾を投下して様相が混乱していく。

 

「そういうことだ。お前たちと違って『捏造や妄想』の関係じゃねえってことだ」

 

「ふーん……」

 

「あら、そうですの……」

 

 3人の目つき、やばくない? 殺し合いでも始めそうなんだけど。大丈夫だよね?

 

 この場で楽しそうなのは父さんと母さんだけ。

 空気読めないよね~この2人。昔からかわらないなあ。


「それで、ユウトとはどこまで進んだんですの?」

 

「まさか……もう蹂躙し尽くした?」


「いや、まだ手……握っただけだ」

 

「ふーん……」

 

「まあ、ウブですこと」

 

 照れながらルチアが言うと、リリカとメリッサは余裕を取り戻したみたいだった。


 いや、リリカさん。蹂躙ってなんなのさ。言い方ぁぁ!?

 

 というかさ、誰もそこにツッコまないのはなぜぇぇぇ?


 僕は助けを求めようと、父さんと母さんに視線を送る。


「母さん、これならすぐに孫の顔を拝めそうだな。しかも3人ともとんでもない美人だ。いや~うちの息子はすごい男だな。鼻が高い」

 

「ええ、そうですねお父さん。私、初孫は女の子が良いわ」

 

「だそうだ! 頑張れよユウトっ」


 だめだ……父さんと母さんは当てにならない。

 この状況でどうしてこんなに呑気でいられるんだ。「ファイト!」じゃないんだよ、全く。


 この3人の雰囲気は最悪。家の中で暴れられたら、大変だ。

 

 高ランク冒険者がバトルなんてしたら、あっという間に廃屋になってしまうぞ。

 

 ここは僕がなんとかしないと……。

 

「あ、あの……話し合いなら外でしようよ!」


 僕は恐る恐る3人に提案する。『お前は黙ってろ』とか言われそうな展開なので、内心冷や汗ものだった。

 

「ん、そのほうが無難」

 

「そうですわね。そのほうが賢明ですわ」

 

「ああ、ここじゃ狭くてやりづれぇしな」


 僕の予想と違い、3人は素直に提案を受け入れてくれた。よかった。

 

 いやでもさ、外に出たところでヒリつく空気は変わらないよ~。


「ユウトは私が好き放題にすると決めている」

 

「リリカに取られるくらいなら、俺がユウトをめちゃくちゃにしてやるぜ」

 

「あら、わたくしがユウトに新境地を教えて差し上げる予定ですのよ」


 あれ……なんだろう。3人の話を聞いていると僕の心もヒリついてくるから不思議だ。

 

「じゃあ、誰がユウトにふさわしいか決めよう。勝負を提案する」

 

「ええ。望むところですわね」

 

「ああ、いいじゃねえか。やってやるよ」


 ギラついた目でお互いを牽制し合う3人。


 なんでこうなった??

 

 どうしてこんな状況になったんだろう。

 

 僕の分かるのは、彼女たちが心に炎を灯らせているということだけ。


 どんな勝負が始まるのか……それは彼女たちにしかわからない。

 

 外に出たからってさ、Aランク冒険者が暴れたら家がめちゃくちゃになっちゃうよ。あたり一面焼け野原だよ?

 

 この状況はまずい。でもみんなは臨戦態勢だ……。

 

「ねえ~ユウト。ちょっとお買い物頼めるかしら? せっかくだから4人でいってらっしゃいな~」


 玄関から母さんの間延びした声が聞こえてくる。

 

 母さんにはこの雰囲気がわからないらしい。平和だね……


「みんな泊まっていくんでしょう? 夜ご飯の買い出しに行ってきて欲しいのよ」


 何言ってるんだよ、母さん!?

 

 こんないがみ合ってる3人が家に泊まる? そんなわけ無いじゃないか!


「わかりましたわ、お義母様」

 

「俺達に任せてくれ……ください、です」

 

「お金なら私たちで出しますから、大丈夫です」


 え? うそ。なにこの連帯感?

 

 3人が笑顔で答えたのを見て、僕は何も言えなくなってしまった。


「あら、わるいわね。良いお嫁さんたちじゃないの。大事にするのよ」


「う……うん、そうだね母さん」


 良いお嫁さんたち? えっと~、僕って3人と結婚するの?

 

「…………一旦、休戦協定を結ぼう」

 

「ふふ、そうですわね」

 

「ああ、おもしろくなってきたところだけど……仕方ねえよな!」

 

 なぜか3人とも嬉しそうだ。もう意味がわからない。誰か正解を教えて下さい。

 

 僕が放心していると、リリカが率先して母さんから買い物カゴを受け取った。


「じゃあ、行ってきます」

 

「ええ、気をつけるのよ」

 

「もちろんですわ」

 

「ユウトは俺が守ってやる……なんです」

 

「それじゃ、よろしく頼むわね」

 

 母さんはそう言うと、のほほんと家の中に入っていった。

 

 僕は3人の顔を伺うが、さっきまでのピリピリした雰囲気はまったくない。


「ユウト、道案内をお願いしたい」

 

「そうですわね。わたくしたち土地勘がありませんものね」

 

「そうだな。はやくこの村に慣れたいところだぜ」

 

「うん……分かったよ」

 

 あれ? 修羅場は切り抜けたみたいだけど、なんか雰囲気がおかしいぞ?

 

「わたくしたち、お嫁さんですもの」


「そう、私はお嫁さん」


「はあ、俺だけのユウトだと思ってたのによぉ……」


 ん? あ? ええ? おぅ?


 さっきまでの殺伐とした感じはもうない。それはそれでいいんだけど、みんなどうしたの? 

 

「ずっとこうなる気はしてたんだよな~」


「ルチアに出し抜かれるとは思いませんでしたけどね」


「出し抜いてない。ただ手を繋いだだけ。まだ挽回できる」


「ああ? 俺は恋人だぞ!」


「今はわたくしたち、お嫁さんですわ。同じスタートラインです」


「くっ! 手を出しとけば良かった……」


 僕は悟った。

 

 彼女たちは僕を追放したんじゃない。

 

 僕を「誰にも邪魔されない安全な場所」に追い込んで、一気に囲い込みに来ただけだったんだ。


 才能がなくても、みんなに追いつけなくても、どうやら僕は、選ばれる側になれたらしい。


 でもコレって……修羅場ってやつなんじゃ?? 

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足手まといだと言われて冒険者パーティから追放されたのに、なぜか元メンバーが追いかけてきました ちくわ食べます @chichichikuu

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