第4話


 それから一年が経った頃――


 あたしは兄貴を誘ってゲームシティを訪れた。

 あたしが車椅子を押して……、兄貴はきょろきょろと周りを見回している。


 兄貴、興味はあったみたいだけど、車椅子での移動の負担が多いからって断ってたんだよね……。家族旅行もしばらくいってないし……、気にしなくていいのに。

 それでも遠慮をしてしまうのは、兄貴の優しさかな。


 兄貴をカプセルに詰めて(一応、係員さんに事情を説明しているので、なにかあれば駆け付けてくれるようになっている。どんな人でも楽しめる施設だった)、ゲーム世界で待ち合わせをすることに。


 ログインするといつも見る、駅前のような広場で、兄貴と再会する――

 兄貴は、アバターに手を入れなかったみたいだ。やっぱり兄妹なんだね……、あたしも、最初はアバターをいじらなかったから。今ではところどころに手を入れているけど……大半はいじっていないままだった。だから兄貴とあたしを見れば、兄妹だと分かるだろう。


 そして、兄貴がそこに立っている。

 そう、立っているのだ。

 車椅子生活を強いられた、兄貴が。

 ゲーム世界とは言え自分の足で、立って……そこに……いる。



「ここがゲーム世界、か……すげ。足も動くし、手も……痛くねえ。……あははっ、変な感覚だ。でも、懐かしいな……」


 見るもの全てに感動するような、おのぼりさんみたいだったけど、微笑ましい。

 あたしは、兄貴の手を引く。

 押すんじゃなくて、今度は、引くのだ。


「兄貴、こっち」


 向かった先は金網広場だ。

 使っているのはあたしたちだけ……、当然だ。

 だって貸し切りにしたんだから。


 現実のバスケットコートと同じくらいの広さだ。リングはあらためて設定でセットして……あとはボールを出して、と――だむっ、だむっ、とボールをバウンドさせる。


「はい、兄貴」


 ボールを投げる。

 と、兄貴が、ボールを掴んだ。

 たったそれだけのことなのに、あたしは……視界がぼやける。


 ああ、やばい。あの日の兄貴、そのままだ……。


「これ……おれと……、ワンオンワンか?」

「うん。本気でやってよ。あたしだって成長したんだから」

「……あのな、妹相手に本気とか、できるわけ、」


「ブランクがあるかもしれないね……でも、ここはバスケットじゃなく、スーパーバスケットの世界なの。あたしがこの界隈でどれだけの実力者なのか分かってないと思うけど、それはもう、すんごいんだから!!」


「ボキャブラリ」

「うっさい!!」


 だむだむ、とボールをバウンドさせるだけの兄貴から、ボールを奪う。

 スキルは使ってない、ただの瞬発力で。兄貴からボールを奪う――。


 そして、その勢いでシュート……、放物線を描いたボールが、リングをくぐる。

 ボールが、地面を跳ねた。


「ね? 奪えた、ゴールを決めた。あたしはもう、兄貴と肩を並べたよ」


「かもな。……つーか、知ってるよ。お前がスーパーバスケットで、世界七位の実力者だってのはさ。よおく知ってる。お前が隠そうとしてるのも、よおくな。隠せるわけねえだろ。妹のことに興味ねえ兄貴なんているもんかよ」


「意外といるよ?」

「それは照れ隠しなだけだよ」


 そうなのかな……。


「……強くなったな、舞夏」

「でしょ……えへへ……」

「おれと肩を並べたか、そっか……でも、ごめんな、また引き離しちまうかも」

「え?」


 跳ねるボールを掴んだ瞬間、突き刺さる敵意に思わず身構え、ドリブルしてしまい、兄貴を抜こうとして――――


 ボールが奪われた。


 なんだか、全部があたしの一人相撲で、兄貴は最小限の力であたしからボールを奪った、ように感じた……。

 ちょっと、いまなにが起きたの……?


「驚くことでもないよ。こんなの数年前の技術だし」

「……へえ」


「最新技術で固めたお前には理解できない古い技術かもな。……でも、通用した」

「ッ、いちいち、言い方がむかつく……!」


「もっと本気でこい。お得意のスキルはどうした。出し惜しみをして勝てるほど、おれは弱い自覚はねえぞ、舞夏!!」



 ――兄貴。

 ゲームの世界なら、兄貴は失ったものを取り戻すことができる。

 兄貴が楽しいと思えることが、存分にできるのだ。

 あたしが、強くなれば。

 兄貴と肩を並べるほどに強くなれば、もう兄貴を、ひとりにはしない。


「本気でやろう。いいか?」


「いいよ。そのための、一年の修行だったんだから」


 兄貴の本気を、間近で見ることになった。

 ……変わっていなかった、ブランクなんて欠片もなかった。

 あたしが憧れたあの日の兄貴のままだった。

 楽しそうにはしゃいで敵をなぎ倒していく、兄貴が、目の前に――


「ああ、思い出してる……迸ってるッ! 楽しいなあ、楽しい……ありがとな、舞夏!!」


「……うん、あたしも。ちょっと敵わなすぎて引いてるけど、楽しいよ兄貴!!」




 ……晴天、ふたりだけの金網コート。


 ボールが弾む。繰り返す。


 あたしが望んだ、兄貴との休日が、ここにある。






 … おわり

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コンティニューゲーム 渡貫とゐち @josho

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